テスカトリポカ ― アステカ神話に登場する創造の神々 ―

テスカトリポカとは、アステカ神話に登場する四柱の創造神こと。
「煙る鏡」を意味しており、世界の創造という使命を託された神々とされている。
なお、一般的には「黒のテスカトリポカ」を指す呼称となっている。
基本情報
概要
テスカトリポカは、アステカ神話において世界の創造と秩序の形成を担った四柱の根源的な神々の総称である。その名はナワトル語で「煙る鏡の神」を意味しており、黒・白・赤・青の四色に分かれ、それぞれが異なる方角や役割を司る存在として描かれている。
神話上のテスカトリポカは、宇宙の根源神オメテオトルによって創造された神々であり、混沌とした世界に秩序をもたらす使命を与えられた。四神は協力して原初の混沌とした海に棲む怪物シパクトリを倒し、その身体から天と地を創造したとされる。また、世界の創造後は太陽の座をめぐって互いに争い、黒のテスカトリポカと白のテスカトリポカ(ケツァルコアトル)を中心に、世界の滅亡と再生を繰り返す「五つの太陽」の時代が展開された。こうした神話の中で、黒は夜と試練、白は創造と文化、赤は戦と東方、青は水と南方といった象徴的な役割を担っている。
神性については、単なる人格神というよりも宇宙の基本構造や方位、自然の循環を体現する存在としての性格が強い。四神は対立と協調を繰り返しながら世界を動かしていく原理そのものであり、秩序と混沌、創造と破壊という相反する力の均衡を象徴している。そのため、特定の一柱だけを絶対的な至高神として崇拝するのではなく、四色のテスカトリポカ全体として宇宙の運行を支える枠組みが信仰されていたと考えられている。
ただし、四柱のテスカトリポカをどのように体系化して理解するかについては、時代や地域、文献によって解釈の違いがあり、後世の研究者による再構成の要素も大きい。そのため、四色の役割や性格は一つに定まっておらず、物語や伝承ごとに多様な解釈がある。
テスカトリポカの方位と神格
・黒(北): 運命・夜・王権(テスカトリポカ)
・白(西): 文化・創造・人類の祖(ケツァルコアトル)
・赤(東): 再生・農業・夜明け(シペ・トテック)
・青(南): 戦争・太陽・国家(ウィツィロポチトリ)
黒のテスカトリポカ

黒のテスカトリポカは、四方位に配されたテスカトリポカの一柱で北を司る神である。別名として「ヨアリ・エエカトル(Yoalli Ehecatl / 夜と風)」があり、一般的には「テスカトリポカ」の名で知られている。
最初に太陽の座に就いた神であり、その時代の世界は常に薄暗く、地上には巨人(キナメティン)たちが跋扈していたとされる。やがて白のテスカトリポカ(ケツァルコアトル)との争いに敗れて天から打ち落とされると、黒のテスカトリポカはジャガーへと姿を変え、地上の巨人たちを喰らい尽くして世界を滅ぼした。その後、白のテスカトリポカが太陽となると暴風を起こして世界を滅ぼし、さらに後の時代の破局にも関与したとされる。こうした経緯から、ケツァルコアトルの宿敵的存在として語られている。
また、黒曜石の鏡を通して世界中の出来事を見通し、人間や神々の心を覗き、未来や運命を映し見るという能力を持ち、これが「煙る鏡(テスカトリポカ)」という名の由来とされている。この力によって人を惑わせたり試練を与えたりする存在であり、トゥーラの王となったケツァルコアトルを堕落させ、王位から追放した神話がその代表例である。こうした側面から秩序を揺るがす神として描かれる一方、時代を刷新する存在とも解釈されている。
アステカ帝国では、黒のテスカトリポカは王権と国家権力の守護神として崇拝され、戦士階級や支配者層から特に重視された。戦争捕虜を用いた生贄儀礼や、若者が一年間神を体現する「テスカトリポカの化身」の儀式などを通じて、死と再生、栄光と没落といった人間存在の極限的な側面を象徴する神格として位置づけられていた。現在では、こうした信仰は神話や考古資料を通じて知られており、アステカ社会における権力観や運命観を理解する重要な手がかりとなっている。
白のテスカトリポカ

白のテスカトリポカは、四方位に配されたテスカトリポカの一柱で西を司る神である。別名として「エエカトル(Ehecatl / 風)」があり、一般的には「ケツァルコアトル(Quetzalcóatl)」の名で知られている。
黒のテスカトリポカに続いて太陽の座に就いた神であり、第二の時代(風の時代)を支配した。その時代には人々に農耕や文化がもたらされ、文明の基礎が築かれたとされる。しかし、黒のテスカトリポカとの対立によって太陽の座を追われ、激しい嵐や破壊によってその世界は滅ぼされた。その後、黒のテスカトリポカが関与して第三、第四の時代が滅ぼされると、神々は自分たちの行いを悔いて協調して天地を再構築し、第五の時代(現在の世界)を創造した。
第五の時代になると、白のテスカトリポカは「羽毛のある蛇」の姿で冥界に向かい、厄災によって滅んだ過去の人類の遺骨を持ち帰って新たな人類を創造したとされる。この「羽毛のある蛇」という姿が「ケツァルコアトル」という名の由来となっている。さらに、白のテスカトリポカは人の姿に変化して地上に降り立ち、トゥーラの王セ・アカトル・トピルツィンとして君臨したとされる。生贄の習慣を禁じ、法と道徳によって平和な社会を築いたが、黒のテスカトリポカの策略によって堕落させられ、王位を追われて東の海へと旅立ち、最終的には火の中に身を投じて金星(明けの明星)となったと伝えられている。
アステカ社会において、白のテスカトリポカ(ケツァルコアトル)は創造、文化、秩序、風の神エエカトルとしての側面を併せ持つ存在として信仰されていた。戦争と生贄を重視する神々とは対照的に、人類の繁栄と精神的成長を象徴する神とされ、王や司祭の理想像とも重ねられていた。現在では、文明の守護者、文化英雄、そして再生と変革の象徴として、アステカ神話の中でも特に重要な神格の一柱と考えられている。
赤のテスカトリポカ

赤のテスカトリポカは、四方位に配されたテスカトリポカの一柱で東を司る神であり、「シペ・トテック(Xipe Totec)」と同一視されている。
アステカ神話において、赤のテスカトリポカは太陽の座に就いたことはないが、第五の時代(現在の世界)において重要な役割を担う神格の一つとされる。創造神話では、他のテスカトリポカや神々とともに天地の秩序を支え、世界の安定と人類の存続に関与した存在として描かれている。また、生命の再生や成長を司る神格として、人々の生と死の循環と深く結びつけられていた。
アステカ社会においては、赤のテスカトリポカは東方・夜明け・再生・成長を象徴する神格として、宇宙秩序の一角を担う重要な存在であった。暦や方位体系においては生命の始まりや再生の象徴とされ、若さ、成長、豊穣と結びつけられていたと考えられている。特に、古い皮を脱ぎ捨てるトウモロコシの芽吹きになぞらえ、生贄の皮を剥いで神官がそれを纏うという儀式を通じて、死から生が生まれる再生の過程を象徴していた。
青のテスカトリポカ

青のテスカトリポカは、四方位に配されたテスカトリポカの一柱で南を司る神であり、別名として「ウィツィロポチトリ(Huitzilopochtli)」がある。一般的には太陽と戦争の神「ウィツィロポチトリ」として知られている。
アステカ神話において、青のテスカトリポカは第五の時代(現在の世界)を維持する中心神の一柱であり、アステカ民族の守護神・祖神的存在として崇拝された。建国神話では、青のテスカトリポカ(ウィツィロポチトリ)がアストランの一族(アステカ人の前身)を戦いで勝利に導く太陽として闇と戦い、その勝利のために人間の血と心臓を必要とする神として描かれている。この供犠思想は、元々黒のテスカトリポカに由来する宇宙秩序観を踏襲したものと理解されている。
アステカ社会において、青のテスカトリポカ(ウィツィロポチトリ)は国家と軍事の守護神であり、戦争捕虜の供犠や国家儀礼の中心に据えられていた。アステカ人は自らを「ウィツィロポチトリの民」と認識し、ウィツィロポチトリを民族的象徴として崇拝していた。また、現在のメキシコの国章に描かれる「サボテンの上で蛇をくわえる鷲」の図像も、ウィツィロポチトリの神託に基づく建国神話に由来している。
ちなみに、古い伝承では雨の神トラロックが南の方位を占めていたとされるが、アステカの勢力拡大と共にウィツィロポチトリがその座を継承し、青のテスカトリポカとして再定義された経緯という見解もある。
データ
| 種 別 | 神仏 |
|---|---|
| 資 料 | 『フローレンティン写本』『テリェリアーノ・レメンシス写本』『ボルジア写本』など |
| 年 代 | 不明 |
| 備 考 | 一般的にテスカトリポカという呼称は黒のテスカトリポカを指す |
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