マヤのトウモロコシの神【Maize God】
珍奇ノート:マヤのトウモロコシの神 ― マヤ神話に登場するトウモロコシの神 ―

マヤのトウモロコシの神とは、マヤ神話におけるトウモロコシを司る神のこと。

マヤ人にとっての生命の根源を象徴する神として重要視されていた。


基本情報


概要


マヤのトウモロコシの神は、マヤ神話におけるトウモロコシを司る神である。マヤ神話では「人類がトウモロコシの粉を練り上げて創造された」と伝えられており、農耕社会において主食でもあったトウモロコシは、生命の象徴として特別な意味を持っていた。そのため、この神はトウモロコシの発芽や再生を象徴する神格として重要視されている。

20世紀前半までは「森の主」を意味する「ユム・カアシュ(Yum Kaax)」と同一視されていたが、近年の研究ではユム・カアシュは「野生植物や狩猟の守護神」であり、栽培植物であるトウモロコシを司るこの神とは別の神格であると定義されている。そのため、現在の研究においては碑文解読から提案された「フン・ナル・イェ(Hun Nal Ye)」などの呼称が用いられることがあるが、文字解読はいまだ進行中であるため明確には定まっていない。現在は機能的に「トウモロコシの神(Maize God)」と呼ばれることが多い。なお、パウル・シェルハスによる写本研究では「神E(God E)」と名付けられている。

図像については、この神は若々しく端正な顔立ちの青年として描かれることが多い。その頭部は上に向かって長く伸び、トウモロコシの穂を連想させる独特の形状をしており、頭頂部からはトウモロコシの葉や実が芽吹いている。この「長く伸びた頭部」はマヤにおける美の理想とされ、当時の貴族階級は幼児期に頭蓋変形(いわゆるコーンヘッド化)を行っていた。この形状はトウモロコシ神の頭部とも類似しており、両者は関連づけて解釈されることもある。

また、古典期後期の図像では、この神は二つの型に区別されることが知られている。一つは頭部を剃髪した姿で描かれる「剃髪したトウモロコシ神(Tonsured Maize God)」で、成熟したトウモロコシを象徴すると考えられている。もう一つは頭頂から葉や穂が伸びる姿で、成長途中のトウモロコシを表すと解釈されている。

神話については、キチェ・マヤ族の聖典『ポポル・ヴフ』における英雄双子の父・フン・フナフプーに対応すると解釈されることがある。神話の中でフン・フナフプーは冥界シバルバーの王たちに敗れて殺害され、その首は樹木に吊るされる。その後、処女懐胎によって英雄双子が誕生し、双子は成長すると知恵と呪術によって父の仇を討つ。こうした死と再生の物語は、種が地中に植えられた後に芽吹くトウモロコシの成長過程と象徴的に対応すると考えられている。

さらに古典期の図像資料には、トウモロコシ神が大地を象徴する亀の甲羅の裂け目から若々しい姿で再生する場面が描かれており、これもまた農業の循環を神話的に表現したものだと解釈されている。また、トウモロコシの神は単独で存在するのではなく、雨神チャクと密接な関係にあると考えられていた。メソアメリカの神話には「雷神が山を打ち砕き、その内部に隠されていたトウモロコシを解放する」というモチーフが広く見られ、雨と雷が作物の成長をもたらす力として理解されていたことを示している。

マヤ文明の社会においては、古典期の歴代の王たちは自らをトウモロコシの神の化身と結びつけて表現した。即位儀礼や宗教儀式において王たちが踊る姿は、宇宙の創造とトウモロコシの再生を象徴しており、王が民に繁栄をもたらす「生けるトウモロコシ」であることを示す政治的な意味も持っていた。パレンケやティカルなどの遺跡に残る彫刻には、この神の姿を借りて永遠の命を誇示する王たちの姿が刻まれている。

データ


種 別 神仏
資 料 『チラム・バラムの書』『ドレスデン写本』ほか
年 代 メソアメリカ神代
備 考