バジリスク ― 死の視線という能力を持つ怪物 ―

バジリスクとは、北アフリカや欧州の伝承に登場する怪物のこと。
古代は蛇のような姿で、中世以降は鶏と竜の特徴を併せ持つ姿とされた。
視線だけで命を奪う「死の視線」という能力を持つとされる。
基本情報
概要
バジリスクは、北アフリカに起源を持ち、後にヨーロッパの伝承に広がった怪物で、その名はギリシア語で「小さな王(バジリスクス)」を意味する。その外見や特徴は古代と中世以降で大きく異なっており、それらを説明すると以下のようになる。

古代においては、紀元1世紀の博物学者プリニウスの著書『博物誌』に記載されており、現在のリビアにあたる北アフリカのキレナイカ地方に棲息する「小さな蛇」のような生物とされていた。この『博物誌』には、次のように説明されている。
バジリスクは、アフリカのキレナイカ地方に生息する体長12指(約24cm)に満たない小蛇であり、頭部には王冠に似た白い斑点を持つことから「蛇の王」と称される。他の蛇のように身体をくねらせて進むのではなく、身体の前方を持ち上げた姿勢で前進するという異様な習性を持つ。
その毒性は凄まじく、吐息はあらゆる草木を枯らし、周囲の環境を荒廃させ、見つめるだけで人間を即死させる「死の視線」を持つとされる。かつてある騎兵が長い槍でバジリスクを刺し貫いた際、その毒が槍を伝って逆流し、騎士のみならず乗馬までもが絶命したという逸話は、その理不尽なまでの破壊力を象徴している。
この怪物に対する対抗手段としては「イタチ」を巣穴に放つことが知られており、イタチはバジリスクの毒気で命を落とすものの、死に至るまでに噛みつくことでこれを倒すとされ、両者は相討ちになると伝えられている。
その毒性は凄まじく、吐息はあらゆる草木を枯らし、周囲の環境を荒廃させ、見つめるだけで人間を即死させる「死の視線」を持つとされる。かつてある騎兵が長い槍でバジリスクを刺し貫いた際、その毒が槍を伝って逆流し、騎士のみならず乗馬までもが絶命したという逸話は、その理不尽なまでの破壊力を象徴している。
この怪物に対する対抗手段としては「イタチ」を巣穴に放つことが知られており、イタチはバジリスクの毒気で命を落とすものの、死に至るまでに噛みつくことでこれを倒すとされ、両者は相討ちになると伝えられている。
この記述から、北アフリカに実在するヘビがモデルとなった可能性も指摘されており、「エジプトコブラ」や「ツノクサリヘビ」などが候補として挙げられることがある。

中世以降は、各地で様々な要素が付加されるようになった。バジリスクはもともと「蛇の王」とされ、頭部に王冠状の突起を持つと考えられていたが、この特徴が後に鶏冠のように解釈され、図像の中で徐々に鳥類的な要素が加えられていった。
さらに「雄鶏が産んだ卵をヒキガエルや蛇が抱いて孵化させることで生まれる」といった異様な誕生説が広まり、これに伴って、鋭い嘴や鶏冠、コウモリのような翼、蛇の尾を備えた姿が定着した。こうした特徴の変化により、竜の一種と捉えられることもある。
また、外見の変遷の過程で、鶏と蛇の特徴を併せ持つ怪物「コカトリス」との区別は次第に曖昧となり、両者はしばしば同一視されるようになったという。こうした変化は中世の寓意的動物観や図像表現の影響を受けたものであり、いずれにせよ自然の秩序を乱す「不浄」や「死」の象徴として理解されている。
この他にも、民話や伝承の中では「息や毒が触れたものを腐敗させる」といった性質に加え、「雄鶏の鳴き声で死ぬ」「鏡によって自らの視線が跳ね返り滅びる」といった弱点も語られるようになった。こうした弱点は『アレクサンドロス・ロマンス』をはじめとする伝奇的物語や各地の民間伝承の中で、バジリスクの攻略法として語られている。
データ
| 種 別 | 伝説の生物 |
|---|---|
| 資 料 | プリニウス『博物誌』など |
| 年 代 | 古代ローマ(1世紀) |
| 備 考 | 古代と中世で図像が変化している |
バジリスクの伝承
アレクサンダー大王とバジリスクの伝説
アレクサンダー大王の東方遠征を題材とした伝奇的物語群の中には、「バジリスク」との遭遇譚が語られることがある。
大王が砂漠を進軍していた際、ある町が奇妙な怪物によって荒廃していることを知り、その原因を探るために兵を派遣したところ、近づいた者が次々と倒れ、誰ひとりとして戻らなかった。その怪物とは、視線だけで命を奪うとされる「バジリスク」であった。
アレクサンダーは兵士たちを守るため、磨き上げた金属板や鏡を備えた盾を用意させ、それを持った兵を先頭に進ませた。怪物が姿を現したとき、バジリスクはそこに映った像を見て、その力を自らに返す形となり、ついには命を落としたと伝えられている。
なお、この種の怪物退治の逸話にはいくつかの異なる伝承があり、鏡ではなく槍や火によって倒されたとするものもある。
ウィーンのバジリスク
13世紀頃、オーストリアのウィーン旧市街の一角、シュンラーテルンガッセの井戸には、かつて「バジリスク」が潜んでいたと伝えられている。
井戸の底から立ちのぼる悪臭と、近づく者が次々と倒れる異変から、住民たちはそこに「バジリスクが棲みついた」と恐れた。医師が井戸を覗き込み、その姿を見た瞬間に命を落としたとも語られる。
誰も近づけないまま時が過ぎたが、ある日、若いパン屋の見習いのハンスが名乗りを上げる。ハンスは鏡を胸に抱え、縄で井戸の中へと降りていった。暗闇の底で怪物が姿を現したとき、バジリスクは鏡に映った自分の姿を見て絶叫し、その毒の力が自らに跳ね返って命を落としたという。
井戸の怪物が退治された後、その家にはバジリスクの姿を刻んだ石像が掲げられたという。
ワルシャワのバジリスク
ポーランドのワルシャワ旧市街の地下室には、かつて「バジリスク」が棲んでいたと語られている。
薄暗い地下へ降りた者は二度と戻らなかったことから、街では「バジリスクが巣を作った」と噂が広がった。それは、バジリスクが視線だけで命を奪う怪物だと知られていたからであった。そのため、誰もその地下室には近づこうとはしなかった。
やがて、死刑囚のひとりが「バジリスクを退治すれば釈放」という条件のもとに怪物退治を申し出た。彼は全身を鏡の板で覆った鎧を身につけ、地下室へと向かった。暗闇の中で怪物が姿を現した瞬間、バジリスクは鏡に映った自分の姿を見て絶叫し、その毒の力が自らに跳ね返って自滅したと伝えられている。
怪物が消えた後、地下室は再び人々の手に戻り、街には平穏が訪れたという。
なお、この物語にはいくつかの異なる伝承があり、怪物を討伐した人物についても、死刑囚や若者、騎士など諸説が伝えられている。
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