驪龍 ― 驪龍頷下の珠の語源となった黒龍 ―

驪龍(りりゅう)とは、『荘子』に登場する黒龍のこと。
アゴの下に宝玉を持っており、それを取ろうとすると激怒するとされている。
そのため、危険を冒してのみ得られる「驪龍頷下の珠」という比喩が作られた。
基本情報
概要
驪龍は、中国に伝わる黒龍の一種で、中国の古典『荘子』列御寇篇に登場する。九重の深い淵底に棲む黒龍とされ、そのあごの下には「千金の珠」を持つという。この宝珠を得るには驪龍が眠っている隙を突くしかなく、もし目覚めさせてしまえばその身は微塵も残らなかったであろうと語られている。
『荘子』列御寇篇には以下のように記されている。
ある川沿いに、葦を編んで細々と暮らす貧しい親子がいた。ある日、その息子が深い淵に潜り、千金に値する宝珠を手に入れて帰ってきた。息子は家が豊かになると喜んだが、それを見た父親は驚愕して息子にこう言い放った。
「石を持ってきて、その宝珠を叩き壊してしまいなさい! そもそも、この宝珠は九重の淵の底に住む驪龍という黒龍のあごの下にあるものだ。お前がその珠を手に入れられたのは、龍がたまたま寝ていたからに違いない。もし龍が目を覚ましていたら、お前の体など微塵も残っていなかったはずだ!」
荘子は、この親子の寓話を引き合いに出し、宋王から車百台の恩賞を得て有頂天になっていた曹商という男を激しく批判した。
「今の宋国の深みは九重の淵どころではなく、宋王の猛威は驪龍どころではない。あなたが車を得ることができたのは、ただ王がたまたま眠っていたからにすぎない。もし王が目を覚ましたら、あなたも粉微塵にされてしまうことだろう」
「石を持ってきて、その宝珠を叩き壊してしまいなさい! そもそも、この宝珠は九重の淵の底に住む驪龍という黒龍のあごの下にあるものだ。お前がその珠を手に入れられたのは、龍がたまたま寝ていたからに違いない。もし龍が目を覚ましていたら、お前の体など微塵も残っていなかったはずだ!」
荘子は、この親子の寓話を引き合いに出し、宋王から車百台の恩賞を得て有頂天になっていた曹商という男を激しく批判した。
「今の宋国の深みは九重の淵どころではなく、宋王の猛威は驪龍どころではない。あなたが車を得ることができたのは、ただ王がたまたま眠っていたからにすぎない。もし王が目を覚ましたら、あなたも粉微塵にされてしまうことだろう」
このことから、宝珠が危険を冒してのみ得られる「驪龍頷下(りりゅうがんか)の珠」として語られるようになった。この「驪龍頷下の珠」という言葉は、後代の『後漢書』においても「極めて得難い貴重なもの」の比喩として引用され、後世の中国文学において重要な比喩表現として定着した。
道教的な神仙の世界においても、驪龍は霊妙な存在として描かれている。中国の神仙伝記集『列仙伝』によれば、仙人の朱仲は無欲な性格でありながら、驪龍をうかがい、その夜光の珠を手に入れたと記されている。ここでの驪龍の珠は、無欲な高潔さを持つ者にのみもたらされる「聖なる宝」としての性格を帯びている。
思想・宗教の面では、驪龍は「真理を追求する過酷さ」を示す象徴として扱われてきた。隋時代の天台智顗による仏教論書『摩訶止観』では「明月神珠は九重の淵の驪龍のあごの下にあり、志と徳のある者のみがこれを得る」と記されている。ここでは、単なる架空の怪物ではなく、修行者が己の心の深淵に潜り、命がけで掴み取るべき「実相」の象徴として位置づけられている。
日本における驪龍は、中国由来の思想的・文学的概念を色濃く反映し、主に知識人や僧侶の間で「悟り」や「学問の極致」の象徴として受容された。平安時代の『和漢朗詠集』には、驪龍の珠を得ることを学問の達成に例える詩が収められており、中世の寺院芸能である「延年」においては『驪龍頷下珠事』という曲目が演じられた。この演目では、雄と雌の二頭の驪龍が宝珠を守るという脚色が加えられ、龍神を招来して寺門の繁昌を祈る歌舞として親しまれた。
なお、驪龍は黒龍とされていることから、しばしば黒龍の別名として紹介されていることがあるが、驪龍は黒龍の一種であり、五行思想における黒龍や、黒龍大明神などの龍神信仰にまつわる黒龍とは根本的に性格が異なっている。
| 種 別 | 伝説の生物 |
|---|---|
| 資 料 | 『荘子』『列仙伝』『摩訶止観』ほか |
| 年 代 | 不明(紀元前) |
| 備 考 | 『荘子』の萬和が「驪龍頷下の珠」の語源になっている |
資料
『荘子』列御寇篇(紀元前4世紀頃)
原文
河上有家貧恃緯蕭而食者、其子沒於淵、得千金之珠。其父謂其子曰「取石來鍛之!夫千金之珠、必在九重之淵而驪龍頷下、子能得珠者、必遭其睡也。使驪龍而寤、子尚奚微之有哉!」今宋國之深、非直九重之淵也;宋王之猛、非直驪龍也。子能得車者、必遭其睡也。使宋王而寤、子為齏粉夫!
現代語訳
ある川沿いに、葦を編んで細々と暮らす貧しい親子がいた。その息子が深い淵に潜り、千金にも値する価値の宝珠を手に入れた。すると父親は息子にこう言った。
「石を持ってきて、その真珠を叩き壊してしまいなさい!そもそも、これほどの真珠は、必ず九重(非常に深い)の淵の底に住む『驪龍(りりょう)』という黒龍のあごの下にあるものだ。お前がその珠を手に入れられたのは、龍がたまたま寝ていたからに違いない。もし龍が目を覚ましていたら、お前の体など微塵も残っていなかっただろう!」
(荘子はこれを引き合いに出して、王から恩賞を貰って自慢する男を諭した)
「今の宋の国の闇は九重の淵よりも深く、宋の王の猛々しさは驪龍よりも恐ろしい。お前が王から車を貰えたのは、単に王が寝ていた(機嫌が良かった)からに過ぎない。もし王が目を覚ましてお前の本性に気づけば、お前など粉々にされていただろう!」
『列仙伝』朱仲(紀元前1世紀頃)
原文
朱仲無欲、聊寄賈商。俯窺驪龍、捫此夜光。發跡會稽、曜奇咸陽。施而不德、歷世彌彰。
現代語訳
朱仲は欲がなく、ひとまず商人のもとに身を寄せていた。彼は驪龍を見下ろしてうかがい、その夜光の珠を手探りで取った。やがて会稽において身を起こし、その不思議な力は咸陽にまで知られるようになった。しかも、その力を施しても徳を誇ることはなく、その徳は時代を経るごとにますます明らかになっていった。
『摩訶止観』巻第一(下)(594年成立)
原文
故知明月神珠、在九重淵内、驪龍頷下、有志有徳方乃致之。豈如世人麁淺浮虚、競執瓦石草木、妄謂爲寶。
現代語訳
(ここまで様々な「偽の悟り」を退け、真実の菩提心を説いてきたが)
ゆえに知るがよい。「明月神珠(最高級の宝珠)」というものは、九重もの深い淵の底に住む「驪龍(りりょう)」のあごの下にある。これを得られるのは、強い志と徳を備えた者だけである。世の中の浅はかで浮ついた人々が、道端の石ころや草木を競い合って拾い集め、それを「宝物(悟り)」だと思い込んでいるのとは、全く別次元のことなのだ。
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