珍奇ノート:螭龍の資料



『楚辞』九歌(紀元前4世紀頃〜紀元前3世紀頃)


原文

乘水車兮荷蓋、駕兩螭兮驂螭。

現代語訳

(水神である河伯は)水車に乗り、蓮の葉を傘として掲げ、二匹の螭(ち)を駕車(メインの引き手)とし、さらに(左右の)添え馬としても螭を従えている。

『淮南子』(紀元前2世紀頃)


原文

乘雷車、服駕應龍、羽翼自路、鸞鳥軒輊、……螭龍龍麟、不執不羈。

現代語訳

(女媧は)雷車に乗り、応龍を御して(天を)駆けた。羽や翼が道を自ずから開き、鸞鳥(らんちょう)が車の前後を舞う。……(その傍らでは)螭龍(ちりゅう)や龍麟が、手綱で縛られることもなく、自由に従い進んでいた。

『呂氏春秋』不苟論(紀元前239年成立・戦国時代末期)


原文

夫螭龍、乘雲而上於天、而蝘蜓、螻蟻、尚苦之。

現代語訳

それ螭龍(ちりゅう)は、雲に乗って天に昇る。しかし、ヤモリやケラ、アリのような小さな虫たちは、その(あまりに大きな)存在をなお苦々しく思っている(=格の違いを理解できない)。

『漢書』司馬相如伝(1世紀)※注釈(顔師古注・7世紀)を含む


原文

(本文)乘赤螭、揚象埃。
(注釈)張揖曰:赤螭、雌龍也。……顔師古曰:螭、龍類也、無角。

現代語訳

(本文)赤い螭(ち)に乗り、象牙の塵を舞い上げる。
(注釈)張揖(ちょうゆう)によれば、赤い螭はメスの龍である。……顔師古(がんしこ)によれば、螭は龍の類であり、角が無い。

『説文解字』(100年頃)


原文

螭、若龍而黄、北方謂之地螻。从虫、离聲。或云無角曰螭。

現代語訳

螭(ち)は、龍のようで色が黄色く、北方ではこれを「地螻(ちろう)」と呼ぶ。虫部に离(り)の字から成る。あるいは「角が無いものを螭と呼ぶ」とも言われている。

『広雅』釈魚(3世紀)


原文

有鱗曰蛟龍、有翼曰應龍、有角曰虯龍、無角曰螭龍。

現代語訳

鱗(うろこ)があるものを蛟龍(こうりゅう)といい、翼があるものを応龍(おうりゅう)という。角があるものを虯龍(きゅうりゅう)といい、角が無いものを螭龍(ちりゅう)という。

『新撰字鏡』(9〜10世紀頃)


原文

渠留奇摎二反。有角曰虯、龍無角曰螭、虯、龍黒身无鱗甲也。螭黃者。

現代語訳

「虯」は「渠留」「奇摎」の二つの反切で読む。角のあるものを虯といい、角のない龍を螭という。虯は黒い体で鱗や甲がない龍であり、螭は黄色いものである。

『本草綱目』鱗部(1596年)


原文

時珍曰︰按任昉《述異記》云、蛟乃龍屬、其眉交生、故謂之蛟、有鱗曰蛟龍、有翼曰應龍、有角曰虯龍、無角曰螭龍也。梵書名宮毗羅。

現代語訳

李時珍は次のように述べている。任昉の『述異記』によれば、蛟は龍の一種で、その眉が交差して生えているため蛟と呼ばれる。鱗のあるものを蛟龍、翼のあるものを応龍、角のあるものを虯龍、角のないものを螭龍という。また、梵語では宮毗羅と呼ばれる。

『和漢三才図会』(1712年)


原文

文字集畧、螭、乃龍、無角、赤白蒼色也。

本綱、龍、有鱗者曰蛟、有翼者曰應龍、有角者曰虬龍、無角者曰螭。

現代語訳

文字集畧によれば、螭は龍であり、角がなく、赤・白・青の色である。

本綱によれば、龍で鱗のあるものを蛟という。翼のあるものを応龍という。角のあるものを虬龍という。角のないものを螭という。

『箋注倭名類聚抄』(1844年)


『和名抄』(本文)
螭龍: 抄本文読み下し:文字集略によれば、螭は龍の角の無いもので、赤、白、蒼色である。

狩谷棭斎による箋注(解説)
説文: 『説文解字』には「若龍而黄(龍に似て黄色いもの)」とあり、北方の地では「地螻(ちろう)」と呼ぶとされる。また、ある説では「無角曰螭(角のないものを螭と言う)」とも記されている。

楊雄(漢書 楊雄伝): 『漢書』巻87下「楊雄伝」の注(顔師古注)によれば、「蒼螭(青緑の螭)」や「素虯(白い虯)」という記述がある。顔師古は「螭は龍に似て一名を地螻といい、虯は即ち龍の角なきものである」と注釈している。

狩谷棭斎による結論(検討事項)
和名抄の本文に「蒼(青緑色)」とあるのは、恐らく衍字(えんじ:余計な文字が混入した誤字)であろう。中国の古い文献(上林賦や解嘲)では「赤色(赤・絳)」とされており、和名抄の記述には色の混乱が見られる。