大坂城の怪獣 ― 江戸時代に大坂城の堀に現れた怪獣 ―
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大坂城の怪獣とは、江戸時代に大坂城の堀に現れたとされる怪獣のこと。
当時の資料によれば、全長3メートル以上の巨大生物であり、恐竜やカワウソのような姿で描かれている。
基本情報
概要
江戸時代の資料によれば、慶応2年(1866年)6月9日の朝方に大阪城の堀に謎の怪獣の死骸が上がったという。怪獣といってもゴジラやゴモラのような超巨大なものではないが、それでも体長2メートル以上と巨大で、胴回りも2メートル以上あり、1.5メートル弱の尻尾も合わせると、全長は3メートルを超えるほど巨大であったとされている。
挿絵に見る怪獣の容姿は、恐竜のようであったり、カワウソのような獣であったりと様々であり、資料によっては全身ネズミ色で、金色や赤色が混じっているとも記されている。こうした特徴から、オオサンショウウオや巨大なカワウソのような生物であったと推察できる。
なお、『藤岡屋日記』には「豊臣秀吉の側室である淀殿(よどどの)が その当時 ヤモリをつがいで飼っており、それが300年ほどの月日をかけて成長し、この度 寿命を全うして堀に浮かび上がったのだろう」という当時の人々の評判が載せられており、著者の藤岡屋由蔵は「この生物は淀殿が飼っていたヤモリの成れの果てであろう」と推測しているようだ。
・全長:3.6メートル
・体長:2.15メートル
・尾長:1.45メートル
・胴回:2.07メートル
・足長:55~96センチ(前足は36センチという資料もある)
・口幅:36~48センチ
・目幅:11センチ
・体重:93.75キロ
・体色:ネズミ色(金・赤色が混じっているとも)
・舌色:赤・白・黒を帯びている
・資料によっては体毛が描かれている
データ
種 別 | UMA、伝説の生物 |
---|---|
資 料 | 『藤岡屋日記』ほか |
年 代 | 慶応2年(1866年) |
備 考 | 挿絵は資料によって異なる |
資料
『藤岡屋日記』
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慶応2年(1866年)6月9日、大坂金城の御堀より化物が上がった。
それは、
・全身がネズミ色で金赤の色が交じっている
・体長:7尺1寸(2.15メートル)
・胴回:6尺9寸(2.07メートル)
・口:1尺2寸(36センチ)
・舌色:赤白黒を帯びている
・目:3寸5分(11センチ)
・前足:1尺8寸(55センチ)
・後足:前に同じ
・尾長:4尺8寸(1.45メートル)
・全長:1丈1尺9寸ほど(3.6メートル)
で、城内筋禁門の内堀から出現し、数年を経たヤモリのようである。
そもそも摂州大坂城は、往古は親鸞上人宗門弘通の霊地にして、石山本願寺と号していた。その後、織田右府信長が西国押へとして城地縄張致し、その後、太閤秀吉が城郭を築いて大坂城と号した。これ日本隋一の名城なり。
その頃、御愛妾の淀君は淫婦なれば、常日頃 守宮(やもり)を愛し給ひ、つがいを飼い置いて持て遊んだという。その後、300有余年の年月を経て数が減り この度 死んだため浮かび出たのだとの評判が故に"大坂の 堀より出し 化けものは これ淀君の 焼た守宮か"。
『人のうわさ』
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慶応2年(1866年)6月9日、朝方に大坂城の内堀より このようなものが現れたので、早々に御城代に報告した。
・体長:7尺1寸(2.15メートル)
・尾長:4尺8寸(1.45メートル)
・胴回:6尺9寸(2.07メートル)
・足:3尺2寸(96センチ)
・手:2尺7寸(81センチ)
・口:1尺6寸(48センチ)
・目:3寸5分(11センチ)
『幕末風聞書留(大國家文書)』
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ただし、死して上がる。城代役所。
・手:2尺7寸(81センチ)
・体長:7尺1寸(2.15メートル)
・尾長:4尺8寸(1.45メートル)
・胴回:6尺9寸(2.07メートル)
・足:3尺2寸(96センチ)
・口:1尺2寸(36センチ)
・眼:3寸5分(11センチ)
・体重:25貫(93.75キロ)
慶応2年(1866年)6月9日の朝5時半頃、大坂城の内南御堀より上がったので、早速 御上様に報告した。
古文書(資料名不詳)
慶応2年(1866年)6月9日、大坂城の堀から怪獣が上がった。
その大きさや形はこのようであった。
・体長:7尺1寸(2.15メートル)
・尾長:4尺8寸(1.45メートル)
・胴回:6尺9寸(2.07メートル)
・前足:1尺2寸(36センチ)
・後足:1尺8寸(55センチ)
・口:1尺2寸(36センチ)
・舌:赤・白・黒
・目:3寸5分(11センチ)
・惣身:ねずみ色
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