瘧鬼 ― 瘧を起こす疫鬼 ―
瘧鬼(ぎゃくき)とは、疫病をもたらす鬼のこと。
特に瘧(おこり)を起こすといわれており、近づくと病を患うとされている。
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基本情報
概要
瘧鬼は疫病をもたらす疫鬼の一つで、疫病神と同一視されることもある。
平安時代の辞書『和名類聚抄』では「五帝の一人である顓頊(せんぎょく)の3人の子が死後に疫鬼となり、その一人が江水に住んで瘧鬼になった。和名は疫病みの神(えやみのかみ)である」と説明されている。
瘧鬼の瘧(おこり)はマラリア性の熱病のことで、古代中国では瘧をはじめとする疫病の原因であると考えられており、『子不語』には「陳と張という2人の男が関帝廟に仮住まいしていたところ、童子姿の瘧鬼がやって来て張を病ませた。陳が瘧鬼を追い払うと張の病が治った」という説話が載せられている。このような説話から、瘧鬼に近づかれたり、触ってしまうと病をわずらい、追い払うと病は快方に向かうといわれている。
瘧鬼は文献によっては瘧妃・瘧母・寒熱鬼と呼ばれることもあり、姿については童子・鳥・婦人であることが多いという。これを祓うには刃物・桃符などが効くといわれており、瘧除けのために「断瘧符」という符が扱われていたという話もある。また、民間では廟に瘧鬼の像を祀ったり、家に来る瘧鬼を避ける「避瘧」という風習が行われていたともいわれている。
データ
種 別 | 日本妖怪、中国妖怪、鬼 |
---|---|
資 料 | 『和名類聚抄』『子不語』 |
年 代 | 上古~現代 |
備 考 | 疫鬼の一種で主に瘧を起こすとされる |
資料
瘧鬼(ぎゃくき)。蔡邕の『独断』によれば、昔 顓頊(せんぎょく)には3人の子がおり、それらは死後に疫鬼(えきき)となった。その一は江水に住み、瘧鬼あるいは於爾(おに)となった。瘧鬼は和名で衣也美乃加美(エヤミノカミ=疫病みの神)という。
陳斉東という男が張という男と一緒に太平府の関帝廟に仮住まいしていた時、うたた寝していた陳が目覚めて ふと外を見てみると、1人の童子がこちらを覗き込んでいた。その童子は、顔が真っ白で、その帽子・衣服・靴は深い青色という見た目であった。近所で見ない顔だったので、陳は「きっと廟の者だろう」と思って無視すると、急に寝ていた張が発作を起こしたように苦しみだしたが、童子が去ると発作は治まった。
それから数ヶ月後、陳が寝ていると張が急に叫び声を上げたので驚いて起き上がり、張の方を見ると痰を吐き続けて苦しんでいる様子だった。また、外に何者かの気配がするので怪しんで外に目をやると、そこには例の童子が手足を踊らせている姿があった。そこで陳は童子を瘧鬼と思って殴りかかろうと外に出たが、童子に触れたところで逃げられてしまった。その時の童子の肌はとても冷たかった。これで童子が人間で無いことが分かったので、陳は追い詰めてやっつけてやろうとしたが、童子は中庭でかき消すように失せてしまった。その後、張の病気は治ったが、童子に触れた陳の手には煙で燻されたような黒い痕が残り、数日経ってからやっと消えたという。
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