海御前【アマゴゼ / ウミゴゼン】
珍奇ノート:海御前 ― 北九州市に伝わる伝説の女河童 ―

海御前とは、福岡県北九州市大積に伝わる伝説の女河童のこと。

平教経の奥方が源平合戦で入水し、河童に化身したといわれている。


基本情報


概要


海御前は、福岡県北九州市門司区大積に伝わる伝説の女河童で、河童の総元締めとされている。

大積にある天疫神社の伝承によれば、寿永4年(1185年)の壇ノ浦の合戦で敗北した平家の武将らは入水して平家蟹(ヘイケガニ)となり、女官は入水して河童となったとされる。平家の大将・平教経の奥方であった海御前は、入水後に大積の海岸に流れ着き、その遺体は村人によって老松の下に葬られたという。その後、海御前は河童の総元締めとなり、付近の河童族を支配するようになったとされている。

海御前は普段、河童たちを支配しているが、毎年5月5日になると河童たちを自由に放ち、蕎麦の花が咲く前に戻るよう命じるという。これは、平家を滅ぼした源氏の旗印が白であるため、白い蕎麦の花を恐れているからとされる。また、海御前自身も蕎麦の花が咲く時期には住処に籠もり、外へ出ないという。さらに、平家出身であることから、人に危害を加える際も源氏の人間以外には手を出さなかったと伝えられている。

この伝承にはいくつかの種類があり、平教経の母親とされる場合もある。また、海御前自体が女河童で河童の総元締めとされる場合や、水神として祀られた後に河童を支配したとされる場合もある。

いずれにせよ、大積の天疫神社には海御前の墓があり、海御前様として信仰されている。また、境内には河童の碑や河童像も見られる。さらに神社付近には「河童の証文岩」があり、馬を川に引き込もうとした河童が捕らえられ「この岩が腐るまで領内では悪戯をしない」と約束したという伝承がある。

データ


種 別 妖怪、神仏
資 料 天疫神社の伝承ほか
伝承地 福岡県北九州市大積
年 代 平安時代
備 考 大積天疫神社に墓がある