河童【カッパ】
珍奇ノート:河童 ― 日本各地の水辺に生息する水怪 ―

河童とは、日本各地の水辺に生息する水怪のこと。

多種多様な種類が存在し、地域によって外見・性格・呼称も異なる。

妖怪として有名で、日本三大妖怪の一つに数えられることもある。


基本情報


概要


河童は、日本各地の水辺に生息するといわれる水棲生物であり、河川や池沼をはじめ、海に棲むといわれることもある。地域によって呼称や姿、性質には大きな違いがある。一般的には「頭に皿」「クチバシ状の口」「背中に甲羅」を持つ人型の妖怪として知られている。

河童の起源については定かではないが、古くから中国に伝わる「水虎」という水怪と結び付ける考えがある。中国の地理書『水経注』には「水中にはある生物がいる。その姿は3~4歳ほどの子供に似ており、鱗や甲は鯪鯉(センザンコウ)のようである」などと記されており、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』では、この記述を引用した上で「水虎の姿形は本朝の川太郎(河童)の類にあたる」と記している。

河童を水神とみなす場合には、中国に伝わる「河伯」が挙げられることがある。日本において河伯が登場する文献は『日本書紀』が最古とされるが、その記録では仁徳天皇11年に茨田堤の築造を妨げる神とされている。ただし、そこでは「河伯(かわのかみ)」と読まれている。一方で、源平合戦で敗北した平家の人々が入水して河童に変じたという伝承があり、それを伝える文献などではカッパに「河伯」の文字が当てられている。

中世においては、室町時代の国語辞典『下学集』に「獺(カワウソ)老いて河童(カワロウ)に成る」と記されており、河童が獣の一種として扱われていたことがうかがえる。江戸時代になると『和漢三才図会』や『日本山海名物図会』などに猿型の河童が描かれている。一方で、平賀源内や鳥山石燕はカエルのような姿の河童を描き、葛飾北斎は爬虫類のような河童を描いている。

また、江戸時代には河童に関する記録や研究も行われるようになった。文化2年(1805年)には『河童聞合』という河童の目撃者への聞き取り記録がまとめられた。さらに、文政3年(1820年)には『水虎考略』という河童研究書が編纂された。この内容は、先の『河童聞合』をはじめとする全国各地の目撃談や、和漢の地理書・歴史書・奇談集から河童関連の情報をまとめ、さらに図像も添えられている。

『水虎考略』によれば、最古級の記録として推古天皇27年(619年)に近江国から「蒲生河に物があり、その形は人のようだ」と奏上した事例が挙げられている。また、同年7月に摂津国の漁師が堀江で小児のようなものを捕らえたという記録があり、著者の古賀侗庵は「これらに水虎の名こそ出てこないが、その実体は水虎であること、明白に疑いの余地がない」と注釈している。

また、当時の河童について「老いた大鼈(すっぽん)に過ぎないと決めつける」と記しており、収録している図像の半数程度が甲羅を持つ河童であることから、河童が亀のような姿であると認識されていたことが伺える。その一方で、四足の獣型、体毛に覆われた猿型、甲羅を持たない人型など、多様な姿の河童の図像も収録され、それぞれについて詳細な記述が加えられている。

近代に入ると、民俗学者・柳田国男が各地の河童伝承を収集・比較し、その由来や性格について考察した。特に大正3年(1914年)の『山島民譚集』では「河童駒引」の中で、河童が馬を水中へ引き込もうとする全国各地の伝承を取り上げ、河童と水神信仰との関係などについて論じている。

このように河童の研究が進められてきたが、未だにその実像については明らかになっていない。文献資料に加え、各地の伝承を個人的に収集していった結果、河童と呼ばれるものには、爬虫類型・霊長類型・獣型の三種類に大別できると考えられるが、情報量が多いので詳細については下記にまとめることにする。

私見


河童の情報収集をした上で思うに、「河童」という呼称は固有名詞ではなく、鬼や幽霊のような総称的な性格を持つと考えられる。水辺に現れる得体のしれない現象を河童と呼んでいった結果、様々な特徴が混同されるようになり、水辺の怪異が妖怪「河童」と呼ばれるようになったのでは無いだろうか?

データ


種 別 妖怪、UMA、伝説の生物
資 料 『和漢三才図会』『河童聞合』『水虎考略』ほか
伝承地 日本の全国各地
年 代 古代
備 考 様々なタイプが存在し、特徴は統一されていない


河童の呼称


河童は全国各地に様々な呼称があり、かなり数が多く、簡単にまとめることはできない。そのため、地域別の主な呼称をまとめる。

・カッパ(全国):江戸期には江戸周辺の呼称だった。川童(かわからわ)が語源とされる
・水虎(全国):江戸期の河童の漢語名。青森には水虎様という水神信仰も見られる
・コマヒキ(北海道):松前地方の呼称とされる
メドチ(東北北部)青森を中心とする地域での呼称。メドツ・ミドチとも
ガメ(北陸地方)カメに似るといわれる河童。富山や石川で見られる。ドチ、ドチガメとも
カワラボウズ(北陸・中部)カワウソに似るといわれる河童。カワボウズ、カワコゾウとも
川天狗(山梨)山梨の精進湖周辺で確認できる呼称。その他の地域では意味合いが異なる
・カワコボシ(三重):三重の伊勢山田で見られる呼称
カワタロウ(西日本)近畿以西で見られる呼称。ガタロ、ガタロウ、ガータロなどとも
・カムロ(兵庫):兵庫県明石市に見られる呼称。カワカムロとも
・ゴウラ(近畿南部):奈良や和歌山で見られる呼称。ゴランボ、ゴライホウシ、ゴラー、ゴラムシとも
カシャンボ(和歌山)和歌山に伝わる河童の亜種。ガランボ、ガランボウとも
・川子大明神(島根):島根の出雲地方に見られる呼称
・カワコ(中国):中国地方の瀬戸内海沿岸に見られる呼称。コウゴとも
エンコウ(中国・四国)サルに似るといわれる河童。エンコ、エンコボーズなどとも
カワノトノ(福岡)主に福岡で見られる呼称。カワントン、カワトノとも
カワノヌシ(中部地方)愛知や岐阜で見られる呼称。ノシとも
カワソウ(佐賀)主に佐賀で見られる呼称。カワソーとも表現される
ヒョウスベ(九州)河童の亜種とされる。宮崎ではヒョースボ、ヒョースンボ、ヒョウズンボとも
ガラッパ(九州南部)鹿児島・宮崎・熊本・長崎などで見られる呼称。ガラッパドン、ガーッパとも

河童の類型


全国各地の伝承に見られる河童の主な類型をまとめると以下のようになる

爬虫類型


珍奇ノート:河童 ― 日本各地の水辺に生息する水怪 ―

爬虫類型は、カメやスッポンに似るといわれる河童のことで、具体的にはガメがこれに該当する。『水虎考略』によれば、江戸期に河童や水虎と呼ばれるものには爬虫類型が多いとされ、少なくとも 越前・常陸・下総・三河・石見・豊後 でその存在が確認されている。また、『水虎考略』には「水虎は老いた大鼈(すっぽん)に過ぎない」という見解も見えることから、江戸期はカッパを爬虫類の一種としてみなしていたと考えられる。

霊長類型


珍奇ノート:河童 ― 日本各地の水辺に生息する水怪 ―

霊長類型は、サルに似ると言われる河童のことで、具体的にはエンコウ、カワタロウ、ガラッパ、ゴウラなどがこれに該当する。手が長く、全身が体毛に覆われているといわれており、テナガザルのような外見的特徴が語られている。また、夏季は川に棲み、冬季には山に入るともいわれ、山に入るとヤマワロになるといわれることが多い。

獣型


珍奇ノート:河童 ― 日本各地の水辺に生息する水怪 ―

獣型は、カワウソなどの獣に似るといわれる河童のことで、具体的にはカワラボウズ、カッパコゾウなどがこれに該当する。室町時代に成立した『下学集』には「カワウソは老いて河童となる者なり」との記述がみられ、古くからこのような概念があったことがわかる。また、山口県のエンコは海から上がってくる猫のような生物といわれることもあることから、アザラシのような海獣も河童とみなされていた可能性がある。

河童の特徴・特性


全国各地の伝承に見られる河童の特徴から共通項をまとめると以下のようになる。

頭の皿


河童には頭に皿があるといわれており、常に"濡れている"あるいは"水が溜まっている"とされる。この皿は、河童の生命力や原動力に通じているとされ、皿の水をこぼさせたり、皿を割ると、力を失ったり死んでしまうといわれている。

形状については、皿を乗せている、あるいは凹んでいるとされ、貝殻のような形状と具体的に言及されることもある。大きさが言及されることは少ないが、カシャンボについては約50cmという話もある。また、メドチについては三枚の皿を持っており、悪戯の罰として一枚抜き取るといった話も見られる。

体臭


河童の体表はヌメヌメしており、体臭は生臭いといわれることが多い。『水虎考略』に記載されている水戸浦で捕らえられた河童は、非常に生臭く、近づきがたいほどの臭気を放っていたといわれている。

腕の構造


河童の両腕は繋がっているようで、片方の腕を引くと伸びるが、もう片方の腕が縮むと言われることが多い。この特徴は類型を問わず語られる例が見られ、河童の代表的な特徴の一つと言える。なお、青森県に伝わるメドツには、社殿の造築に使用されるはずの木材から化成したため、このような形状の腕となったとする起源伝承がある。

好物


河童はキュウリを好むとされることが多く、カワタロウ、ゴウラ、カシャンボ、メドチ、ガメ、カワソウなどの特徴として語られている。また、ナスを好むとされることもあり、ヒョウスベ、エンコウ、カワソウなどがこれに該当する。

こうした地域では河童による水難事故を防ぐため、河童の好物を食べた後は川に近づかないと教えられたり、河童の好物を川に流して水難除けを祈願するといった風習が残されていたりする。

嫌物


河童は金物や鹿角を嫌うといわれることがある。鹿角を嫌うという話は四国地方の伝承に見られ、具体的にはエンコウの話の中で語られている。特に高知や愛媛の伝承に多く、鹿角を輪切りにした首飾りを作って水難除けの御守りにする話がある。

その他に、大豆やササゲ豆、カボチャの花、麻幹、香煎(はったい粉)、人間のツバ、仏飯、神札などを嫌うという話も見られる。九州においては、加藤清正が河童討伐に猿を用いたという話があり、猿を嫌うともいわれている。

相撲


河童は相撲を好むといわれている。相撲を好む理由は不明だが、類型を問わず語られており、河童の代表的な特徴の一つと言える。この相撲勝負では、河童の力の源とされる「皿」や「皿の水」を狙う方法が語られており、お辞儀をさせて水をこぼしたり、皿を割って倒したりする方法などがある。

また、河童によっては相撲を挑む際に負けてくれるよう懇願してきて、負けてやるまで何度でも挑んでくるとされる話もある。さらに、相撲勝負を受けたつもりが幻覚を見せられており、気づいたら巨石や藁束と相撲をとっていたという話もある。その他にも、河童と相撲を取ると、精神が狂ってしまうといった話も見られる。

水難事故(尻を狙う)


河童は人間の子供を川に引き込んで水死させるといわれることが多く、類型を問わず語られてる河童の代表的な特徴の一つと言える。特に尻を狙って川に引き込むといわれ、それは古くから「尻子玉を抜く」などと表現されてきている。なお、「尻子玉」という呼称は地域によって揺れがあり「シリノコ」あるいは「シンノコ」と呼ばれることもある。

河童が知りを狙う理由としては、人間の肝を好むからであるとされることが多い。そのため、尻から手を突っ込んで肝を抜くとする伝承が各地で確認できる。また、腸(はらわた)を食らうとする話もあり、人畜を問わず尻を狙うという話もある。なお、青森県に伝わるメドツには、社殿の造築に使用されるはずの木材から化成した際に、大工に「ケツでも食らえ」といわれたことから尻を狙うようになったという伝承もある。

牛馬引き(お詫びと恩返し)


河童には牛馬引きの話が見られる。これは、人が家畜の牛馬を水辺で洗っていた際に、目を離した隙を見て川に引きずり込むという河童の悪戯を指す。多くの説話では、河童に引き込まれた牛馬が暴れ出し、河童諸共に飼主の元に走り帰って捕獲されるという顛末となっている。

捕獲された河童は悪戯をしないと約束し、その後は恩返しに来るといった流れが大半だが、その方法については差異がある。例えば、悪戯をしないと約束する証としては、単に口約束をする話をはじめ、詫び状文を残す話や頭の皿を取られるという話もある。恩返しの方法は、家の前に川魚を届けるというものが多いが、秘伝の薬の調合法を教えるといった話も散見される。

なお、牛馬引きの説話においては、会話や文字を交わしているため、河童は人語を理解する性質があるともいえる。

山川の往来


河童の一部には、夏季は川で過ごし、冬季は山に入るといわれるものもいる。

例えば、九州地方に伝わるガラッパは、春の彼岸頃に山から川へ下り、秋の彼岸頃に再び山へ戻ると語られることが多く、山に入ると山童(ヤマワロ)になるという伝承もある。また、和歌山に伝わるカシャンボは冬季は山に入り、夏季になると川に下ってゴウラになるといわれている。

変身能力


河童の一部には、人や物に化けるという変身能力を持つといわれるものもいる。

例えば、青森県に伝わるメドチ(メドツ)は、子供や若者に化けたり、板切れに化けて川を流れるなどといわれる。また、愛知県のノシは人間を装った姿で人前に現れるといわれ、山梨県の精進湖に伝わる川天狗は何にでも化けるといわれている。さらに、高知県に伝わるエンコには、人の男に化けて人の女と交わり、子供を産ませたという話がある。

可視性


河童の一部には、人の目には見えない存在とされるものもいる。

例えば、鹿児島県に伝わるガラッパは、人の目に見えない存在であるとされる伝承がある。また、和歌山県のカシャンボは、人の目には見えないが犬には見えるとされ、岩手県に伝わるカアパは青森県のメドチと違って人の目には見えないといわれている。

病気


河童の一部には、病気をもたらすとされるものもいる。

『大和本草』には、相撲に負けると病になる河童の話が記されている。『水虎考略』には、河童を見たり、婦女が魅せられたりすると、正気を失って熱病に罹るとされる話が散見される。その他にも『河童聞合』に伝染病をもたらすという話も見られる。

また、『河童聞合』には「水天憑き」と呼ばれる水虎の憑物の話も載せられており、婦女がこれに憑かれると狂って全裸になり、水中を出入りし、孕むと厠で流産したり、アオガイやハマグリのような卵を産むと記されている。なお、カワタロウの伝承にも人に憑いて祟りをもたらすような話がある。

婦女との交接


河童の一部には、人間の女性と交わるとされるものもいる。

特に青森県に伝わるメドチ(メドツ)にこの類の話が多く、河童との間の子を出産したという話がいくつか見られる。また、人間以外にも馬などに子供を産ませる話もある。なお、ガラッパは河童の中でも女好きとして知られている。

有名な河童


虎吉河童



虎吉河童(とらきちかっぱ)は、岩手県平泉町や宮城県岩出山町に伝わる河童で、奥州藤原氏に仕えていたとされる。正体が河童であることを知られたため主家を去り、各地を転々とした後、宮城県岩出山町の真山にある田子谷の沼に定住したという。現在は、同地の磯良神社で水神として祀られている。

ねねこ河童



ねねこ河童は、茨城県利根町など利根川流域に伝わる女河童で、関八州の河童の総元締めとして多くの河童を従え、利根川流域を荒らしていたが、加納家の若旦那との相撲に負けたことをきっかけに悪事をやめたと伝えられている。

海御前



海御前(あまごぜ / うみごぜん)は、福岡県北九州市門司区大積に伝わる伝説の女河童で、河童の総元締めとされる。平教経の奥方が壇ノ浦の戦いで入水して大積の海岸に流れ着き、その後、河童の総元締めになったと伝えられている。また、毎年5月5日に河童たちを自由に放ち、蕎麦の花が咲く前に戻るよう命じるとされる。

九千坊



九千坊(きゅうせんぼう)は、熊本県八代市に伝わる伝説の河童で、黄河から九千匹の河童を率いて渡来した頭領とされる。八代で人々に害を及ぼしたため、加藤清正が九州中の猿を集めて河童を攻めさせ、敗れた九千坊は筑後川へ移り、水天宮の使いを務めるようになったと伝えられている。

河童の亜種


山童



山童(ヤマワロ)は、九州を中心とする山間部に伝わる妖怪で、河童が山に移ったものともいわれる。河童と同様に相撲を好み、牛馬に悪戯をする一方、山仕事を手伝い、礼として酒や握り飯を与えると繰り返し働くとも伝えられている。地域によっては、人家に上がって入浴したり、山中の怪異を引き起こしたりする存在としても語られている。

ひょうすべ



ひょうすべは、九州地方を中心に伝わる河童の一種、または河童と同一視される水辺の妖怪である。毛深く、大きな禿げ頭を持つ姿で描かれることが多く、ナスを好み、彼岸の時期に川と山を往来するといわれる。地域によっては、姿を見た者を病気にしたり、人家に忍び込んで風呂に入ったりする存在としても伝えられている。

タキワロ



タキワロは、山口県萩市の大島や見島などに伝わる妖怪で、河童の亜種として扱われることが多い。顔の赤い童子のような姿で、浜に近い崖などに現れ、人に石を投げたり相撲を挑んだりするといわれる。また、山に3年、川に3年棲み、海に入るとエンコ(猿猴)になるという伝承もあり、姿を見せず音だけを発することもあるとされる。

シバテン



シバテンは、四国地方に伝わる妖怪で、地域によって河童とも天狗ともいわれる。高知県では童子のような姿で頭に皿があり、川辺で人に相撲を挑むとされる。相撲を取っているうちに、巨石や藁束を相手にしていたことに気づくという話が多く、相撲をした人を精神異常にするともいわれる。