グクマッツ(ククルカン)の神話

注意)以下の内容は『ポポル・ヴフ』におけるグクマッツ(ククルカン)に関する伝承を抜粋し、物語調にまとめたものである。そのため、「フナフプーとイシュバランケーの英雄双子の物語」など時系列的に欠落している部分があり、マヤ神話の全体像とは異なっている。
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原初の世界
かつて、この世界には静止した空と広がる海だけがあり、大地はまだ水の下に隠されていた。人間も、動物も、石も、木も存在せず、太陽も月も星もまだ現れていなかった。すべては動かず、音もなく、暗闇の中に包まれていた。
この原初の水の中に、創造主たちが光の中に潜んでいた。そこには、テペウ(主権者)とグクマッツ(羽毛のある蛇)が存在していた。彼らは「生める者、造れる者」であり、緑と青の輝く羽根に覆われ、深い思考と言葉を持つ存在であった。
また、静止した空には「天の心」と呼ばれるフラカンも存在していた。フラカンは、カクルハ・フラカン(巨大な稲妻)、チピ・カクルハ(稲妻の輝き)、ラシャ・カクルハ(凄まじい稲妻)という三つの現れ(三位一体の力)を伴っていた。
創造の神々は暗闇と水の中で共に思考し、世界を出現させるための深い思案と協議を始めた。この創造の神々の傍らには、祖父母なる存在イシュピヤコックとイシュムカネーもあり、彼らは占いと知恵によって創造の行方を定める者であった。
そして神々が言葉を発すると、その言葉の力によって創造が始まった。
「大地よ、現れよ」
その言葉に応じて、大地は水の中から現れた。まず山々が姿を現し、高く隆起した峰が形成され、続いて谷が刻まれた。水は山々の間を流れて川となり、植物が芽吹き、森が広がった。このようにして、世界の骨格が最初に定められたのである。
動物の創造
次に神々は、この新たに形成された山や森に棲む存在として動物たちを創造した。鹿、鳥、ジャガー、蛇、その他さまざまな獣と鳥が造られ、それぞれに住処が与えられた。鹿は谷と森に、鳥は木々の上に住むよう定められた。
神々は動物たちに命じた。
「我らの名を呼び、我らを称えよ。我らを呼び求めよ」
しかし動物たちは、人の言葉を話すことができず、それぞれが鳴き声を発するだけであった。彼らは神々の名を正しく呼ぶことができず、神々を称えることもできなかった。
これを見て、創造主たちは言った。
「彼らは我らの名を呼ぶことができなかった。これは良くないことである」
そして神々は、動物たちに対して次のように定めた。
「お前たちは我らを称えることができなかった。それゆえ、お前たちは食される者となる。お前たちの肉は、後に創られる人間によって食べられるであろう」
このようにして、動物たちは人間に従属する存在として定められた。そして神々は、自らを正しく呼び、崇めることのできる存在、すなわち「人類」を創造することを決意した。
人類の創造
最初に作られたのは、泥の人間であった。神々は泥をこねて形を作ったが、その体は柔らかく、すぐに崩れ、目も見えず、首を回すこともできなかった。知恵もなく、話す言葉も意味をなさなかった。神々はこの出来損ないを破棄し、再び水の中へと戻した。
二度目の試みでは、神々は占い師イシュピヤコックとイシュムカネーの助言を受け、木で人間を造った。男はツィテの木、女は葦で造られた。彼らは形を成し、言葉を話し、地上で増え広がった。しかし、木の人間には魂も心もなく、自分たちを創った「天の心」への敬意を欠いていた。彼らの皮膚は乾燥し、血も肉もなく、ただ闇雲に歩き回るだけの存在であった。
これに怒ったフラカンは、空から煮えくり返るような黒い雨(樹脂の雨)を降り注がせ、大洪水を引き起こした。さらに凄惨なことに、木の人間がこれまで虐待してきたすべての動物や、日々の生活で酷使してきた「道具」までもが言葉を発し、彼らに襲いかかったのである。
「お前たちは毎日、俺たちの顔を火にかけ、煤けさせた」と鍋や釜が叫び、「お前たちは毎日、俺たちの上でトウモロコシを挽き、俺たちの顔を削り取った」と石臼が怒った。家中の犬や鳥、道具までもが木の人間を打ち砕き、顔を削り取った。木の人間は屋根に登れば家が崩れ、洞窟に逃げれば岩が閉ざされ、逃げ場を失って絶滅した。
わずかに生き残った者たちは森に逃げ込み、その末裔は「猿」となった。こうして二度の試みも失敗に終わり、世界は再び「真の人類」の誕生を待つ闇の中へと戻ったのである。
(この先、「フナフプーとイシュバランケーの英雄双子の物語」に続く)
トウモロコシの人間の誕生
(英雄双子のフナフプーとイシュバランケーが地上の悪意と冥界の王たちを討ち果たした後、世界には秩序と静寂がもたらされた)
しかし、いまだ神々を敬い、言葉を捧げる「完成された人間」は存在していなかった。
創造神であるフラカン、テペウ、グクマッツらは再び集い、人類の肉体を作るための「真の素材」を求め、世界を見渡して思案した。すると、その場に森や山の精霊として四匹の動物(山猫、コヨーテ、インコ、カラス)が現れ、黄色と白のトウモロコシが実る山、パシュリル(Paxil)を指し示した。動物たちは神々の意思を自然に体現する存在であり、神々自身が素材を確定するための手助けとなった。
知恵ある老夫婦神、イシュムカネーとイシュピヤコックは、これらのトウモロコシを慎重にすり潰し、九つの飲み物(masa)を作った。白と黄色の粉を練り合わせたものこそ、人間の「肉」と「血」の原料となった。そして遂に最初の四人の男たちが創り出され、世界に言葉と理性を持つ人類が誕生したのである。
誕生した四人の男たちは、あまりに完璧であった。彼らは神々と同等の理知を備え、言葉を自由に操り、世界のあらゆるものを見通すことができた。世界の果てから天の深淵まで、彼らの目に映らぬものはなかった。
しかし、この完全さに神々は恐れを抱いた。
「この者たちは神と同じ力を持ってしまった。このままでは、自らを神として振る舞うだろう」
フラカンは彼らの目に霧を吹きかけた。すると彼らの視界は曇り、鏡に息を吹きかけたときのように近くのものしか見えなくなった。こうして人類は、全知全能の力を失う代わりに、神を敬い、謙虚に生きる心を手に入れたのである。
神々は、眠っている間に四人の男たちのために美しい四人の妻を創った。こうして最初の家族が完成し、子孫は増え、やがて多くの部族として世界に広がった。人々は、自らを創った神々に感謝を捧げ、夜明けの光を待ち続けた。
そして遂に英雄双子のフナフプーは太陽となり、イシュバランケーは月となって夜を照らす。地上の水は引き、大地は固まり、すべての生命が目覚め活動を始めた。こうして、マヤ神話における「現在の人類」、すなわち神々の知恵とトウモロコシの血を宿す人間が誕生したのである。
人類の世界の始まり
四組の夫婦から始まった人類は、まだ暗闇に包まれた地上、「トゥラン(Tulan)」と呼ばれる土地で、夜明けの光を待ち望んで旅を続けていた。彼らは各自の部族ごとに与えられた守護神の石像(または聖なる石)を背負い、高い山々の頂上でその瞬間を待機した。
ついに東の空が白み始め、太陽(フナフプー)が昇ると、世界は劇的に変貌を遂げる。太陽の熱と光によって、これまで泥のように柔らかく不安定であった大地は焼き固められ、歩行に適した安定した地表へと変わった。
同時に、強烈な光の作用で、古の時代から地上を跋扈していた石の神々や異形の怪物たちは石化したり消滅したりし、人間以外の超自然的な存在の支配は終焉を迎えた。こうして、人間が主役として生活する物理的な世界が初めて確立されたのである。
人類の祖となった最初の四人の男たちは、自分たちの使命が果たされたことを理解する。彼らは山や谷に定着した各部族の姿を確認すると、一箇所に集まり、子孫に最後の言葉を残した。
「私たちは、自らの場所へ帰る時が来た。しかし、私たちが伝えた教えと、神々への敬意は忘れてはならない」
言い終えると、彼らは肉体的な死を迎えることなく、「巻かれた象徴(ピソム・ガガウル)」と呼ばれる聖なる包みを残し、静かに姿を消した。この「巻かれた象徴」は、肉体の消滅ではなく、神聖な次元への隠遁・昇華を象徴している。
この出来事を境に、物語は神話の時代から、キチェ・マヤ族の歴代王家、都市建設、部族の系譜などの「歴史の時代」へと移行することになった。神々は直接姿を現すことはなくなるが、人々はトウモロコシを育て、暦を刻み、太陽と月に祈りを捧げることで、フラカンや英雄双子が守り抜いた宇宙の秩序を維持していった。
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