珍奇ノート:みそ五郎の伝説



みそ五郎伝説(長崎県 島原半島)


昔、高岩山に大きな男が住んでいた。この大男は人がよく、力持ちで、誰からも好かれていた。また、味噌が大好きで、畑仕事や山仕事を手伝っては味噌を分けてもらっており、一日に4斗も舐めるので、村人たちは大男を「みそ五郎やん」と呼んで親しんでいた。

みそ五郎は朝起きると雲仙岳に腰を下ろして有明海で顔を洗うのを日課としており、高岩山の八間石に足を乗せて、天草の山々や有明海を眺めたり、大きな石でお手玉で遊ぶことを楽しみとしていた。この時の足跡やお手玉石は今も高岩山に残っているという。

ある日、いつものように畑仕事を手伝っていたみそ五郎は、鍬を地面に振り下ろした時に力を入れすぎて尻もちをついてしまった。その時に土塊が有明海に落ちて湯島(談合島)となり、鍬で掘ったところに水が溜まって雲仙の空池になったという。

また、ある日 みそ五郎が肥えたんご(下肥え桶)を担いで高岩山の前まで来た時に、急に地面が揺れだしたので、みそ五郎は転んで足を怪我してしまった。そこでみそ五郎が休んでいると、切った足から血が流れ出て、周辺は血の海になってしまったという。この血が大地に染み込んで、その辺りの土は赤土になったといわれている。

ある時、ひどい嵐がやって来て、港にあった船を大波が沖へと流してしまった。漁師たちは必死に縄で繋ぎ止めようとしたが、歯が立たずに困っていたところ、みそ五郎が嵐の中に入っていって流れている船を何隻も繋ぎ止めて陸に引っ張り上げた。これに村人たちは大いに感謝し、みそ五郎は味噌を貰って幸せに暮らしたという。

福田町のみそ五郎の伝説(長崎県諫早市福田町)


昔、長崎の福田町に みそ五郎という巨人が住んでいた。ある日、みそ五郎は天秤棒を担いで小江の浜に行き、そこでたくさんの貝を拾って片方には貝を入れ、もう片方には大きな石を入れて 平均を保ちながら運んでいた。

みそ五郎は大平の山の麓までやって来ると、そこで大きな石を捨てた。すると、大きな石は山の真ん中あたりに突き刺さったという。この石は今でも残っており、大平の人々はみそ五郎の怪力を語り継いでいるという。

東出津町の味噌五郎伝説(長崎県長崎市東出津町)


昔、味噌五郎という巨人がおり、大瀬戸地方の方からオーコ(竿)で大城と小城の二つの山をかついで来たが、途中で疲れたので村人たちに味噌をねだった。

だが、村人たちは断ったので、味噌五郎は二つの山を峠に放り出してしまった。今は、大城は峠の頂上にある大城公園で辺りで、小城はその下の島のようになっている部分、オーコは「竿ばな」と呼ばれる場所にある繋がった岩だといわれているという。