燭陰の資料

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『山海経』(紀元前4世紀〜紀元3世紀頃)

海外北経
原文
鍾山之神、名曰燭陰、視為晝、暝為夜、吹為冬、呼為夏、不飲、不食、不息、息為風、身長千里。在無𦜹之東。其為物、人面蛇身、赤色、居鍾山下。
現代語訳
「鍾(しょう)山の神を、名を燭陰(しょくいん)という。この神が目を見開けば昼となり、目を閉じれば夜となる。息を吹き出せば冬(寒冷)となり、吐き出せば夏(酷暑)となる。飲むことも食らうこともなく、呼吸すらしない。ただ、この神が呼吸をすれば、それが風となる。その身の長さは千里におよぶ。無𦜹(むけい)国の東に位置し、その姿は人の顔で体は蛇(龍)、全身が赤色であり、鍾山のふもとに居座っている」
大荒北経
原文
西北海之外、赤水之北、有章尾山。有神、人面蛇身而赤、直目正乘、其瞑乃晦、其視乃明、不食不寝不息、風雨是謁。是燭九陰、是燭龍。
(郭璞注引『詩含神霧』)「天不足西北、無有陰陽消息、故有龍銜火精以照天門中。」
現代語訳
「西北の海のさらに外、赤水の北に章尾山がある。そこに神がおり、人の顔に蛇の体、全身は赤色。目は(垂直に)まっすぐついている。その神が目を閉じれば闇となり、目を見開けば光となる。食わず、寝ず、呼吸もせず、ただ風雨を司る。これが『九陰(世界の果ての闇)』を照らす者、すなわち燭龍である」
(郭璞注の引用:天の西北は欠けており、光が届かない。ゆえに龍が「火精(火の玉)」を口に銜えて、天の門を照らしているのである)
『楚辞』天問(紀元前3世紀頃)
原文
西北辟啓、何氣通焉?日安不到、燭龍何照?
現代語訳
「西北の空が開いているというが、そこにはどのような気が通っているのか? 太陽の光がどうしても届かないというあの場所を、燭龍はいったいどのようにして照らしているというのか」
『淮南子』地形訓(紀元前2世紀頃)
原文
燭龍在鴈門北、蔽於委羽之山、不見日。其神人面龍身而無足。
(高誘注)「一曰龍銜燭以照太陰、蓋長千里、視為晝、瞑為夜、吹為冬、呼為夏。」
現代語訳
「燭龍は(世界の北端である)雁門の北、委羽山(いいゅうざん)という場所におり、日の光を見ることはない。その神の姿は人の顔で龍の体をしており、足を持たない」
(高誘の注釈:ある説では、龍が「燭(ともしび)」を口に銜えて極寒の闇を照らしているのだという。長さは千里あり、目を開けば昼、閉じれば夜となり、吐息によって季節が夏や冬に変わるのである)
『括地図』※佚書(成立年代不詳、漢代頃と推定)
原文
鍾山之神、名曰「燭龍」、視為晝、瞑為夜、吹為冬、籲為夏、息為風。
現代語訳
「鍾山の神を、名を燭龍という。目を見開けば昼となり、目を閉じれば夜となる。息を吹き出せば冬となり、吐き出せば夏となり、その呼吸そのものが風となるのである」
『後漢書』張衡列伝(2世紀頃)
原文
速燭龍令執炬兮、過鍾山而中休。
現代語訳
「(天界を巡る旅の途上、暗がりへ差し掛かったので)私は燭龍を急き立てて松明を執らせ、行く手を照らさせた。そうして鍾山を通り過ぎる際、一時の休息を取ったのである」
『今昔百鬼拾遺』(1781年)

中国の地理書『山海経』によれば、鍾山という山の神を「燭陰(しょくいん)」と呼ぶ。
その体長は千里(約400km〜576km)にも及び、その姿は人間の顔に龍の体、そして全身が赤色であるという。
この鍾山は、北海の果てにある地とされている。
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