珍奇ノート:巴蛇の資料



『山海経』(紀元前)


海内経


原文

西南有巴國、又有朱卷之國、有黑蛇、青首、食象。

現代語訳

西南には巴国があり、また朱巻という国もある。そこには黒蛇が生息しており、青い頭を持ち、象を食べる。

海内南経


原文

巴蛇食象、三歳而出其骨。君子服之、無心腹之疾。其為蛇、赤黄青黑。一曰黒蛇、青首、在犀牛西。

現代語訳

巴蛇は象を食べ、三年経つとその骨を吐き出す。君子がこれを服用すれば、腹の病気を患わないとされる。その姿は赤・黄・青・黒の色をしている。別名で黒蛇とも呼ばれ、青い頭を持ち、犀牛の西に生息する。

『後漢書』南蛮伝(5世紀頃)


原文

其先爲禹禽巴蛇於洞庭、禹賞以地。

現代語訳

(賨人の)先祖は、禹(う)のために洞庭湖で巴蛇を捕らえた。禹はその功績を称えて彼らに土地を授けた。

『水経注』巻三十七(6世紀頃)


原文

羿屠巴蛇於洞庭、其骨若山、今巴陵關是也。

現代語訳

羿(げい)が洞庭で巴蛇を屠(ほふ)った際、その骨は山のようになり、それが現在の巴陵(はりょう)の関がこれである。

『路史』(12世紀頃)


原文

羿誅修蛇於洞庭、今之巴陵。

現代語訳

羿は修蛇を洞庭湖で誅殺した。これが今の巴陵である。

『本草綱目』(1596年)


原文

蚺蛇の項:又按︰《山海經》云︰巴蛇食象、三年而出其骨。君子服之、無心腹之疾。郭璞注云︰今蚺蛇即類也。

白花蛇の項:又按︰元稹《長慶集》云︰巴蛇凡百類、惟褰鼻見之。毒人則毛發豎立、飲於溪澗則泥沙盡沸。鳥能食其小者。巴人亦用禁術製之、熏以雄黃煙則腦裂也。

諸蛇の項:巴蛇呑象(《山海經》云︰巴蛇食象、三年而出其骨)。

現代語訳

蚺蛇の項:さらに調べるに、『山海経』にいうには、巴蛇は象を食べ、三年してその骨を出す。君子がこれを服すれば、心腹の病がない。郭璞の注にいうには、今の蚺蛇がすなわちこれと同類である。

白花蛇の項:さらに調べるに、元稹『長慶集』にいうには、巴蛇はおよそ百種の類があり、ただ褰鼻のみがこれを見る(確認される)。人を毒すると毛髪が逆立ち、渓流の水を飲めば泥や砂がことごとく沸き立つ。鳥はその小さいものを食べることができる。巴人もまた禁術を用いてこれを制し、雄黄の煙でいぶせば脳が裂ける。

諸蛇の項:巴蛇は象を呑む(『山海経』にいうには、巴蛇は象を食べ、三年してその骨を出す)。