鮓荅/平佐羅婆佐留【さとう/ヘイサラバサラ】
珍奇ノート:鮓荅 ― 獣の体内で生み出されるという謎の物体 ―

鮓荅(さとう)とは、牛馬など獣の体内で生産されるといわれる玉のような物体のこと。

平佐羅婆佐留(へいさるばさる・へいさらばさら)とも呼ばれ、ケサランパサランとの関連性が指摘されている。


基本情報


概要


江戸時代の百科事典『和漢三才図会』には「鮓荅(さとう)」というものについての記載がある。これは牛馬などの肝胆にて生産される玉のような物体といわれ、形状については肉状の軟質に包まれており、大きなものは鶏の腎臓ほど、小さなものは栗やハシバミの実ほどの大きさで、石や骨のようにも見え、裂いてみると何重にも重なる様になっているという。また、驚癇(きょうかん)・毒瘡(どくそう)を治すというような薬効もあるそうだ。

この他にも、蒙古人の間では石子という名で呼ばれ、雨乞いの儀式に用いられていたという。その儀式というのが数枚ほどの石子を浄水に浸し、すすぎこし、もてあそび、密かに呪語を唱えれば しばらくしてから雨が降るのだという。これについては、水神のいるされる川や滝などに牛馬の首を放り込み、不浄なものを嫌う水神を怒らせて雨を降らせるという呪術に通じているのではないかともいわれている。

この鮓荅には類似するものがいくつかある。その一つがオランダから伝わったという「平佐羅婆佐留(へいさらばさら)」というものである。これは鳥の卵に似ており、浅褐色でツヤツヤしている。また石のように見え、これを研磨すると幾層にも重なった筋が見え、まるで何かの巻いた様子なのだという。そして、主に痘疹(とうしん)の危症を治し、諸毒にも効くのだという。ちなみにヘイサラバサラという呼称は、ポルトガル語のpedra(ペェードラ・石の意)とbezoar(ベッゾア・結石の意)から来ているといわれている。

また、江戸時代の随筆『耳嚢』には「牛の玉」という名で よく似たものが紹介されている。この説明によれば、当時は社寺の開帳などの際に霊宝として披露されていた毛の生えた玉のようなもので、自然に動くこともあったことから人々から恩義のものとして賞美されていたのだという。さらに隠岐国で放牧されていた牛の耳か口から出てきて牛の周りを駆け回っている様子を目撃した者がいたとも記載されている。

このように、毛の生えた玉のような形状で、自然に動き回るという特徴があり、ヘイサラバサラという呼称の響きなどから、UMAのケサランパサランと同じものなのではないかという指摘も挙げられている。なお、ケサランパサランには動物性や植物性といったいくつかの種類があり、動物性のものにいたっては「キツネの落とし物」という別名で呼ばれることもあることから、上記の説明と一致するところが多い。

しかし、現代の百科事典で「馬・牛・羊・豚などの胆石。または腸内に生じた結石…」と説明されていることから分かる通り、その正体は牛馬の腸内に極稀に発生する結石で、馬宝・牛黄・狗宝などと呼ばれる希少価値の高い漢方薬として存在することが明らかになっている(「馬宝」「牛黄」「狗宝」で画像検索すれば挿絵にそっくりな写真が出てくる)。

鮓荅の呼称
・鮓荅(さとう・さくとう)
・けだま
・平佐羅婆佐留(へいさるばさる・へいさらばさら)
・どうさらばさら
・石子
・馬糞石
・馬宝
・牛黄
・狗宝

データ


種 別 動物の体内に生ずる結石(漢方薬)
資 料 『輟耕録』『本草綱目』『昔話稲妻表紙』『馬石記』『耳嚢』ほか
年 代 不明
備 考 ケサランパサランとの関連性が指摘されている

資料


文献




『和漢三才図会 巻第三十七 畜類 鮓荅』


へいさらばさら/へいたらばさる(二名ともに蛮語である)

『本草綱目』に「鮓荅は走獣および牛馬諸畜の肝胆の間に生じる。肉嚢があってこれを包む。多くは升(しょう)ほどに至る。大きなものは雞子(けいし・鶏の腎臓)のごとく、小さなものは栗のごとく、また榛(はしばみ)の様である。その形は白色で、石に似て石ではない。また骨に似て骨でもない。打ち破ってみると何重にも重なっている。これを以て雨を祈るべし。『輟耕録』に記載されている「鮓荅」はすなわちこれである。曰く、蒙古人が雨を祈るのに ただ浄水を一盆分を以て石子を数枚を浸し、すすぎこし、もてあそび、密かに呪語を唱えれば しばらくしてから雨が降る。この石子を鮓荅と名付ける。すなわち走獣の腹中で産出されるものである。ただ牛馬のものは最も妙である。まさしく牛黄・狗寶の類である。鮓荅(甘・鹹にして平)は驚癇(きょうかん)・毒瘡(どくそう)を治す」とある。

按ずるに阿蘭陀(オランダ)より伝わった平佐羅婆佐留(へいさらばさら)というものではないか。その形、鳥の卵のごとく、長さ寸(すん)ほどで浅褐色、そして潤澤(ツヤや潤いがある)。また石に似て石ではない。重さ五六錢目ばかり。これを研磨すれば層層たる筋があって巻いた様である。主に痘疹(とうしん)の危症を治し、諸毒を解す という。俗説では、猟師に傷つけられた猿の傷跡が瘤となり、その肉塊が鮓荅であるというが、まさしく妄説と言えよう。



『耳嚢 巻之四 牛の玉の事』


牛の玉の事

牛の玉という社寺の開帳などの際に霊宝として披露されるものがある。これは薄汚れて毛などが生えている玉であるが、自然に動くことなどがあるため人々は恩義の物として賞美するが、実際には何の役にも立たないものである。

隠岐国は野飼いの牛がとても多い所である。知人の佐久間某が、先年に御用にて隠岐国に行ったときのこと、野にて寝起きしている牛の耳の中あるいは口の中から出たとおぼしき三、四寸ほどの丸い物が、その牛の周囲を駆け回る様子を目の当たりにしたという。それを牛飼いの童が近くにあった茶碗のようなもので押さえて捕まえたので、それは何かと尋ねてみると牛玉であると答えた。駆け回らざるも、動くという点では自分の知る牛の玉とは違いはない。これは牛の腹中に棲む生き物なのだろうか。なお、そのものが体内から出ても牛は平気だったという。