百合若大臣【ユリワカダイジン】
珍奇ノート:百合若大臣 ― 日本各地に伝わる伝説の英雄 ―

百合若大臣(ゆりわかだいじん)とは、「百合若物」と呼ばれる伝説の主人公のこと。

異賊や鬼などを退治した英雄とされ、その伝説は物語作品や民間伝承などで伝えられている。


基本情報


概要


百合若大臣は蒙古軍や鬼などを退治したとされる伝説上の英雄で、幸若舞・説経節・浄瑠璃などの物語作品や、日本各地に伝わる民間伝承の主人公になっている。

そうした百合若大臣にまつわる物語は「百合若物」と呼ばれ、時代背景や内容については様々な違いがあるが、その大筋には一定の法則性が見られる。例えば、幸若舞では以下のような内容になっている。

①百合若の誕生


嵯峨天皇の御代、跡継ぎの居なかった左大臣の公満は観音に子宝を祈願していた。すると、後に男児を授かり百合若と名付けた。百合若は17歳で右大臣となり、大納言の顕頼の娘の朝日姫を妻に迎えた。

②朝敵との戦い


ある時、蒙古軍が4万艘の軍船を率いて博多に来襲した。朝廷は弓矢に長けた者を集めて応戦させたが敗れてしまったので、誰を向かわせようか詮議していたところ、伊勢神宮の神から「百合若大臣を大将にすれば神力を授けよう」との神託があったので、百合若大臣が大将に任命した。

百合若は神託に従って鉄弓に363本の矢を携え、30万の軍勢を率いて博多に向かった。この時、蒙古軍は神風に遭って唐土に引き上げていたので、朝廷は百合若を筑紫の国司に任命すると、百合若は豊後国に移り住んだ。その数年後、朝廷は百合若に唐土侵攻を命じたので、百合若は船団を率いて日本と唐土の潮境にある ちくらが沖 で蒙古軍と戦った。

そこで蒙古方の麒麟国の大将が青息を吐いて周囲に濃霧を立ち込めらせた。その濃霧は長期にわたって続いたが、百合若は日本の神々に祈願すると霧が晴れたので、この機に一気に蒙古軍に攻めかかり、矢を全て射ち尽くすほど奮戦すると、やがて蒙古軍の大将・両蔵を討ち取ることができた。また、蒙古方の将は悉く捕えられ、残る敵船は唐土に返したという。

③部下の裏切り(孤島への置き去り)


蒙古軍を打ち破った百合若は、近くにあった玄海島に停泊して休憩を取ることにした。百合若が島で長い眠りに就くと、側近の家来であった別府兄弟は百合若を置き去りにして船に帰り、他の家来たちに「百合若は敵の矢を受けて戦死したので島に葬った」と嘘を告げて船を出航させた。

この後、別府兄弟はすぐに上洛して帝に戦勝と百合若の死を報告すると、兄の別府太郎が百合若の後任となって筑紫の国司に任じられた。また、別府太郎は百合若の館を乗っ取り、朝日姫に結婚を迫るようになった。だが、朝日姫は百合若の生存を信じていたので「宇佐宮で千部の写経をしなければならない」との名目で結婚の日にちを先延ばしにしていた。

④愛鷹による発見


朝日姫はもしもの時は自害しよう思い、身の回りの品々を人に与え、百合若の飼っていた犬・馬・鷹などは全て解き放った。すると、百合若の愛鷹であった緑丸は3日3晩かけて飛び続け、やがて百合若のいる玄海島に辿り着いた。そこで百合若は柏葉に自分の血で文を書き、緑丸に託して持ち帰らせた。この後、百合若の文は朝日姫に元に届けられたので、喜んだ朝日姫は紙・筆・硯を緑丸の脚に括り付けて運ばせたが、緑丸は玄海島の渚に着いた所で力尽きて死んでしまった。

また、朝日姫は宇佐宮に7日間参籠して「もし再び百合若と会えるなら、宇佐宮の造宮を成そう」と百合若の生還を祈願した。その頃、別府太郎は朝日姫が心がなびかないことに業を煮やして、萬能池に沈めてやろうと考えた。これを知った門脇の翁は、そうはさせまいと甥の娘の萬寿姫を身代わりに沈めて、朝日姫が沈んで死んだことにした。

⑤帰国後の復讐


すると、宇佐宮への願いが叶えられて、壱岐の釣人が南風によって玄海島に流された。そこで釣人は異様な生物と遭遇して逃げ惑うが、それは変わり果てた姿の百合若であり、百合若が事情を話すと釣人は国に送り届けてやることにした。こうして百合若は国に帰ることができたが、餓鬼のような風体であったので誰も百合若と気付くことはなかった。

この後、百合若は別府太郎に召し抱えられて苔丸と名付けられた。苔丸は正月の弓始の際に矢取りの役目を請け負うと、別府太郎の弓の腕が酷いことを嘲笑したので、怒った別府太郎が「ならばお前が射ってみよ」と百合若の愛用していた大弓を渡すと、苔丸は別府太郎を狙って「私を誰だと思っている。島に捨てられた百合若大臣であるぞ」と名乗りを挙げた。

すると、その場に居た者は皆平伏し、別府太郎は命乞いをした。そこで、百合若は別府太郎を松の木に縛り付けて舌を抜き、首を切って死体を引き回した。その後、百合若は朝日姫を伴って上洛すると、日本の将軍に任命されたという。

このように、百合若物は「①百合若の誕生 → ②朝敵との戦い → ③部下の裏切り(孤島への置き去り) → ④愛鷹による発見 → ⑤帰国後の復讐」といった形になっており、この形式は民間伝承の説話にも反映されていることが多い。ただし、百合若大臣の出自、朝敵とされる者、部下の名前、帰国までの経緯 などは説話によって違いがある。

百合若大臣の特徴

百合若大臣は「武芸に長けた人物」で「弓の名手」とされていることが多い。また、説話によっては「神の申し子」や「大男」とされたり、「面食いだった」や「一度眠り始めると長らく起きることがない」という性格にされることもある。

百合若大臣の出自

百合若大臣は「子宝に恵まれなかった親が神仏に祈願したことで授かった」とされることが多く、親は「都の貴人」や「土地の長者」であるとされることが多い。しかし、説話によっては「桃から生まれた」とするものや、ダイダラボッチのような「巨人」であったとされることもある。また、出自が語られない説話も多い。

百合若大臣の名前

百合若大臣の「大臣」という名前については、幸若舞のように右大臣であったからとされる事もあるが、名前自体が大臣と名付けられる事もある(百合若は偉い人とされているものの、詳しい役職について語られることは少ない)。

百合若大臣の武器

百合若大臣の愛用の武器は「鉄製の大弓」とされることが多く、大抵の説話にはこれが登場している。また、説話によっては「日の丸の鉄扇」を愛用したとされることもあり、鞍馬山の天狗に兵法を習った時に授ったという説話もある。

百合若大臣の敵

百合若大臣が戦う相手は、蒙古軍のような「外来勢力」や 鬼などの「化物」とされることが多い。ただし、説話によっては敵が登場しないこともあり、単に渡航していたとする話や、江戸の将軍に呼ばれて渡航したとする話などもある。

百合若大臣の部下

百合若大臣の部下は、「別府兄弟」とされることが多いが、説話によっては「式部太夫兄弟」とされることもある。また、民間伝承においては名前が語られなかったり、その土地特有の人物名になっていることもある。

百合若大臣の時代背景

百合若大臣は、幸若舞のように「平安時代」の人物とされることが多いが、説話によっては「戦国時代」や「江戸時代」の人物とされることもある。また、時代背景と異なる設定が登場したり、時代背景自体が語られない説話も多い。

百合若大臣の民間伝承
百合若大臣は民話として語られていることも多く、東北から九州・沖縄まで幅広い範囲で説話が残されている。中でも九州・沖縄に百合若大臣の民話が多く、その内容も濃いものになっている。

九州では、福岡県・大分県・長崎県などに百合若大臣の民話があり、福岡県や大分県では蒙古や新羅といった外来勢力と戦ったという話になっている。このため伝説の舞台とされる福岡県の玄界島には百合若の事績が残されており、大分県には妻の身代わりになった娘の沈んだ池や、その菩提を弔うために建てられた寺院がある。その一方で、長崎県では壱岐島の鬼と戦ったという話が中心で、長崎県の民話では百合若は鬼の大将・悪毒王を倒したとされている。このため、壱岐島には百合若の鬼退治にまつわる痕跡が残されており、伝統工芸の鬼凧には百合若と悪毒王が描かれている。

沖縄では、百合若は武芸に優れた者であったが一旦眠り始めると7日間眠り続けるという妙な癖があったという民話が残されている。このため、多良間島では朝寝坊の人を「ユリワカデーズ」と呼ぶらしい。また、沖縄では数多くの百合若大臣伝説が語られており、一括にして語れないほどの多種多様な内容になっている。

宮城県・新潟県・石川県などには愛鷹の緑丸に関する伝説や痕跡が残されている。宮城県岩沼市の鷹硯寺では 百合若の愛鷹・緑丸が運んだ硯が鷹硯という寺宝になっており、力尽きた緑丸が石になったという緑丸石があるという。また、新潟県の聖籠町には緑丸の菩提を弔うために建てられた寺があり、聖籠という名もこの寺院に始まった地名であるため、町のゆるキャラも この緑丸になっている。また、石川県にも緑丸の菩提を弔うためにために建てたとされる寺がある。

また、山形県に飛島に棲む手長足長という妖怪を百合若が退治したという伝説があり、群馬県の下仁田町にある星穴岳の大穴は、百合若が弓矢を試し射ちした時に空いた大穴であると伝えられている。この他にも、静岡県や岡山県には百合若を神として祀る百合若神社が建てられている。なお、百合若伝説ではないが、アイヌ民族の民話にも百合若伝説に酷似した内容の伝説が残っているらしい。

桃太郎との類似

百合若大臣は資料によっては「桃から生まれた人」であるとされている。この説話においては百合若大臣の幼名は桃太郎とされ、壱岐の島が芥満国(かいまんのくに)という鬼の国とされており、百合若大臣が上陸して鬼退治をするという内容になっている。ただし、いわゆる桃太郎の説話とは異なり、その他の百合若大臣の説話と同じような形になっている。

オデュッセイアとの類似

百合若大臣の説話は、古代ギリシアの叙事詩『オデュッセイア』との共通点が見られるため、これが日本に伝わって翻訳されたものではないかという説がある。

この説によれば、主人公のイタケーの王・オデュッセイアのラテン語発音が「ユリシス(ユリシーズ)」であることや、ユリシスがトロイア戦争で勝利した帰国途中に嵐に流されて長らく漂流したこと、ユリシスが不在の間に死んだものと思われて妃のペーネロペーが財産目当ての王族に求婚されていること、帰国したユリシスが乞食に身を変えて再起を窺うこと、後に愛用した弓で求婚者を射殺して復讐を果たし王座に復帰すること、などが共通点として挙げられている。

データ


種 別 伝説上の人物
資 料 幸若舞『百合若大臣』、『百合若説教』、各地の民話ほか
年 代 平安時代~江戸時代
備 考 説話の種類は多種多様。説話の構成がオデュッセイアに類似する

百合若大臣の関連スポット
・竜谷山鷹硯寺:緑丸が運んだ鷹硯が寺宝として伝わる(宮城県岩沼市南長谷柳150)
・鷹石(緑丸石):緑丸が死んで石となったものと伝えられる(宮城県岩沼市南長谷柳)
・聖籠山宝積院観音寺:緑丸の菩提を弔うために建てたとされる寺(新潟県北蒲原郡聖籠町諏訪山578)
・上日寺:百合若大臣の愛鷹が亡くなったのを供養して建てたとされる寺(石川県鳳珠郡能登町真脇)
・百合若神社:百合若大臣(百合若大神)を祭神として祀る(静岡県浜松市天竜区横山町安蔵)
・星穴岳:百合若大臣が射抜いたとされる射抜き穴がある(群馬県甘楽郡下仁田町)
・足踏石:百合若大臣が弓を射る時に踏ん張った痕があるとされる石(群馬県甘楽郡下仁田町)
・妙義神社:百合若大臣の弓矢が納められたという伝説がある(群馬県富岡市妙義町妙義6)
・百合若神社:百合若大臣を祀る神社(岡山県井原市芳井町山村)
・玄海島:島内に百合若大臣の関連スポットがある(福岡県)
・小鷹神社:緑丸が運んだ硯を祀る(福岡県福岡市西区玄界島691番)
・大臣塚:百合若大臣の墓と伝えられる(大分県大分市上野丘)
・蒋山萬壽寺:蒋ヶ池に投身した萬寿姫の菩提を弔うために建てたとされる寺(大分県大分市金池町5-4-2)
・壱岐島:島内に百合若大臣の鬼退治に関する関連スポットがある(長崎県)
・女島:百合若大臣が置き去りにされた島とされる (長崎県)
・水納島:百合若大臣の鷹を弔った鳥塚がある(沖縄県)