犬神/狗神【イヌガミ/イヌガメ/イノガミ(インガミ/インガメ)】
珍奇ノート:犬神 ― 西日本に伝わるイヌの憑物 ―

犬神(いぬがみ)とは、主に西日本で伝承される犬の憑物のこと。

特殊な家系で使役されており、敵対する相手に害を与えたり、その家を裕福にするといわれている。


基本情報


概要


珍奇ノート:犬神 ― 西日本に伝わるイヌの憑物 ―
『百怪図巻』の犬神
珍奇ノート:犬神 ― 西日本に伝わるイヌの憑物 ―
『塵埃』の犬神

犬神は犬霊の憑物であり、四国地方を中心に中国地方や九州地方の一部で伝承されている。

特に四国の犬神は有名で、犬神持ち・犬神筋などと呼ばれる家系で使役され、これらと関わると犬神を憑けられて、発狂したり、奇病に罹ったり、犬の真似事などの奇行を繰り返すようになる といわれている。

なお、犬神は平安時代には既に知られており、その製法が犬を生贄にした呪詛に由来することから、当時は禁止令も発行されたようだ。しかし、犬神の起源や容姿、製法については諸説あり、その内容も一定ではない。

また、犬神は古くから意志の強い者を嫌うといわれ、そうした者が近づくだけで逃げるという話もある。さらに江戸時代の『嬉遊笑覧』には「犬神憑きを信じる者の思い込みが症状を引き起こしている」という医師の見解も記されている。

このことから、犬神憑きについては被害妄想から来るプラシーボ効果として現れたという見方もできる。

犬神の製法について

犬神の主な製法は、犬を首だけ出して生き埋めにし、その目の前に餌を置き、飢餓状態になったところで首を落として、それを神として祀る というものであり、蠱毒(こどく)という生物を使った呪詛に由来するといわれている。

この条件や方法には違いがあり、白犬を使うというもの、器に詰めた骨を人々に踏ませるというもの、犬同士を戦わせるもの など様々なものがあるが、犬霊の怨念を利用するという点で共通している。

なお、こうした呪術は犬蠱(いぬこ)とも呼ばれるようだ。



犬神の製法 其の一



犬を頭だけ出して生き埋めにし、しばらく餌を与えずに放置する。餓死しそうになった頃を見計らって美食を調え、犬の頭より少し離れたところに置くと、犬は食物欲しさに悶え苦んで、その精神を頭に集中させる。

そこで、後から不意に刀で頭を切り離すと、頭が飛んで食物に喰らいつく。この後、その頭を焼き 骨として箱の中に納め、人の往来する場所の土中に埋めて、人々に その上を踏ませる。後に箱を掘り返して、この犬霊に酒や饌を供えて祀れば犬神となる。

こうして作られた犬神は、永久に作った者に憑いて願望を成就させるという。

犬神の製法 其の二



犬を頭だけ出した状態で 生き埋め または 支柱につなぐ。犬の前に食物を置き、それを見せながら食べさせず、まさに餓死するだろうという瞬間に頭を切り離すと、頭は飛んで食物に食らいつく。

後に これを焼いて骨とし、器に納めて祀れば犬神となる。こうして作られた犬神は、永久に作った者に憑いて願望を成就させるという。

犬神の製法 其の三



獰猛な数匹の犬を集めて最後の一匹になるまで戦わせる。

勝ち残った犬に1匹に魚を与え、その犬の頭を切り落とし、残った魚を食べると犬神が憑くという。

犬神の製法 其の四



犬を生き埋めにして、咒(まじない)を唱えれば犬神が憑く。

この犬神は、作者の意のままに憎い相手を苦しめ、作者が死んでも その子々孫々に継承されていくという。

犬神の製法 其の五



白犬を首だけ出した状態で土に埋め、その前に飯を盛った茶碗を置く。その犬に服従を約束させてから飯を食わせ、作者は犬を神として祀ることを誓う。そして、最後に一刀で首を落とすと犬神になるという。

これは香川に伝わる伝承で、白犬を使う理由は 人間の生まれ変わりだから だといわれている。

犬神の製法 其の六


犬を首だけ出した状態で土に埋め、好物を目の前に置いておく。そこで仇を討つように言い聞かせ、飢えてから殺し、神として祀ると犬神になるという。

これは高知に伝わる伝承で、高知における犬神は この製法で始まったともいわれている。なお、こうして作られた犬神は、代々その家系に継承され、その家の女が嫁ぐと犬神もついていくという。


犬神使い・犬神持ちについて

犬神を使役する者は"犬神使い"と呼ばれ、犬神を使役する家は"犬神持ち・犬神筋・犬神統"などと呼ばれている。

四国の民間伝承では、犬神は術者の感情によって相手に取り付き、憑かれた相手には様々な障害が起こるといわれたことから、犬神持ちの家系は忌み嫌われ、婚姻を避けられるなどの差別を受けるようになったという。

なお、江戸時代には差別行為が公然と通用しており、その事実は当時の記録にも残っているらしい。近代以降は差別は少なくなったが、犬神が信仰されている地域では差別が残っているため、犬神持ちの女性は都会に出て結婚するという話もある。

データ


種 別 日本妖怪
資 料 『百怪図巻』『画図百鬼夜行』『塵埃』ほか
年 代 平安時代頃?
備 考 憑物の一種

犬神の特徴


犬神の容姿


・ネズミほどの大きさで、体に斑があり、尻尾の先端が分かれ、盲目で、一列になって行動する
・ハツカネズミに似ており、口は縦に裂け、先端が尖っている
・ジネズミに似ている(大分の民間伝承)
・白黒まだらのイタチに似ている(大分県速見郡豊岡町の伝承)
・犬神鼠と呼ばれ、ハツカネズミに似ており、長い口を持ち、一家に75匹の群れをなす(山口県萩市の相島の伝承)
・スイカズラと呼ばれ、ネズミよりやや大きい(徳島県三好郡祖谷山の伝承)
・体長33センチほどのコウモリに似た姿(『塵埃』)
・米粒ほどの大きさで、体色は黒や白の斑模様(『御伽婢子』にある土佐国の犬神)
・豆粒ほどの小さな犬(四国の民間伝承)
・毛色は白や黒・黄などがいる(四国の民間伝承)
・ネズミに似て小さく、尾に筋がある(高知の民間伝承)

犬神の性格


・主人の意を察して、対象者に害を与える
・意志の弱い人に憑きやすい
・意志の強い人を嫌い、その人が近づくと逃げ出すという
・キツネの皮を嫌う(高知の民間伝承)
・フクロウを嫌う(島根の民間伝承)

犬神の起源


・源頼政が退治したヌエの一部が四国に流れ着いて犬神になった(四国の民間伝承)
・弘法大師が紙に封じたものが飛び出して犬神になった(四国の民間伝承)
・九尾の狐が化けた殺生石の破片が四国に落ちて犬神になった(殺生石の伝説)
・中国から飛んできた化物が退治され、その一部が阿波に落ちて犬神になった(四国の民間伝承)
・蠱術によって生み出された(四国の民間伝承)



犬神の起源 其の一



犬神の起源は、源頼政が京都で鵺(ぬえ)を退治した時に身体が4つに分かれて諸国に飛び、胴体が土佐に落ちて犬神になったといわれている。

犬神の起源 其の二



昔、怪しい獣が大空を飛んで来たので、武士が弓矢で射落として三段に切った。すると、首は犬神になり、胴は猿神になり、尾は吸葛になったという。

犬神の起源 其の三



鵺(ヌエ)という頭は猿・胴は犬・尾は蛇の怪物が、武人によって退治された時に頭・胴・尾が分裂した。

頭は讃岐国に向かって猿神となり、胴は阿波国に向かって犬神となり、尾は備前国に向かってスイカヅラとなって、人々に災いをもたらす存在になったと伝えられている。

犬神の起源 其の四



源頼政の母が重病に罹っていた頃、京都の紫宸殿に 頭は猿、尾は蛇に似た 鵺(ヌエ)という怪物が現れたので、勅命によって頼政に退治が命じられた。仁平3年4月7日、頼政は母から贈られた矢で鵺を射落として鵺を退治したが、その夜に母も他界してしまった。

退治された鵺は、身体を切り分けられて摂津の川尻に流されることになり、頭は讃岐で猿神に、尾は伊予で蛇神に、手足は土佐に着き、阿波に着いたものは犬神となって、四国で祟りを起こしたといわれている。

犬神の起源 其の五



昔、中国から怪しい獣が飛んできたので、ある武士が射落として3段に斬ると、犬のような首は阿波に落ちて犬神に、猿のような胴は讃岐に落ちて猿神に、蛇のような尾は備前に落ちて吸葛となったという。

犬神の起源 其の六



昔、ある家を弘法大師が訪れて、一晩泊めて欲しいと頼まれた。主人は泊めてやった時に野猪が畑を荒らすので困っていると話したところ、大師は宿を借りたお礼にと"紙に何かを描いて封じたもの"を手渡し、決して封を切ってはならないと念を押した。

それからというもの野猪が全く現れなくなったので、不思議に思った主人が封を破ってみると、そこには犬の絵が描かれており、そこから犬が飛び出ていった。この犬が犬神になったといわれている。

犬神の起源 其の七



土佐では、地中に埋めた犬の首を切り取って祀ったのが犬神持の最初だといわれており、家単位で始まり、このときに家人全員が犬神を持ったと考えられている。

犬神の起源 其の八



九尾の狐が殺生石に化けた後、その祟りを鎮めるためにやって来た源翁心昭によって割られ、その破片は諸国に飛散した。飛騨に散った破片は牛蒡種になり、上野国に散った破片はオサキになり、四国に散った破片は犬神になったという。


犬神憑きの症状


・風邪を引いたように身体がだるくなる
・自分の体ではないような感覚に陥る
・何かに食いつかれたような痛みが走る
・顔がだんだん犬に似てくる
・犬のように吠えたり、四つん這いで歩くようになる
・天上に吸い付くようになる
・遥か昔のことを語ったり、予言や透視ができるようになる
・犬神の主人の性格がうつる
・目の色がおかしくなる
・癇癪を起こし、体温が上昇する
・肉や魚が嫌いであったも、食べ始めるようになる
・親指を放さなくなる



犬神憑きの症状 其の一



ある女が犬神持に犬神を憑けられて体調を崩したが、道切り(民俗習慣における魔除けのまじない)をすることで良くなった。女曰く、犬神が憑くと風邪を引いたように身体がだるくなり、自分の体では無いような感覚に陥る。また、犬神持がお喋りな性格だったので、この時は自分もお喋りなったという。

犬神憑きの症状 其の二



犬神に憑かれたことのある女曰く、憑かれると目眩や吐気をもよおして食欲不振になり、何かしらの獣に食いつかれたように身体が傷んだり、重たくなったりし、顔もだんだん犬に似てくるという。

犬神憑きの症状 其の三



伊予では犬神の正体は犬の霊で、犬神に憑かれると犬のようになるといわれ、東予地方のある村では 犬神に憑かれると犬の鳴きマネをするようになるが、ゴキトウ(祈祷)で落ちるといわれている。なお、延宝5年(1677年)の宇和島藩の記録には犬神持だったために追放された親子の記述があるという。

犬神憑きの症状 其の四



ある男に騙された女が怒って犬神に復讐の願掛けをした。すると、その男は足に障害を持っていたにもかかわらず、海中を走り回ったり、天井に吸い付いたり、股の下に頭を入れて回るなどの奇行を繰り返した。これを見た島の人々は「犬神が取り憑いたせいだ」といったという。

犬神憑きの症状 其の五



犬神がとり憑く前には、天井辺りでゾロゾロと物音がし始め、気味の悪い感覚になる。これが起こると その家の誰かが取り憑かれている。憑いた者は「さあいぬるぞ」と言い、戸口で死んだように倒れて犬神が抜けることもあるが そのまま戻らないこともあるという。

犬神憑きの症状 其の六



犬神の憑いた者は予言をすることがある。これは犬神の魔力によって未来が予知できるようになるからだといわれている。

犬神憑きの症状 其の七



犬神に憑かれると、犬神が体の中で通ったところが腫れてくる。また、全く知るはずのないことを口走ったりする。なお、憑かれた者は親指を握り締めて絶対放さないので、すぐに見分けがつく。


犬神を落とす方法


・祈祷師にお祓いを依頼する
・胡麻を煎って仏様に供える(愛媛の民間伝承)
・気の迷いを捨てる(愛媛の民間伝承)
・便所の踏み板を削って食事に混ぜて食べさせる(徳島の民間伝承)
・出雲大社に参拝する(徳島の民間伝承)
・鐘鼓を鳴らし、発砲して、終夜百万遍題目を唱えながら祈祷する(高知の民間伝承)
・金比羅神社で受けた護符で叩く(高知の民間伝承)



犬神を落とす方法 其の一



伊予の犬神憑きの予防には「胡麻を煎って仏様に供える」「優柔不断な者に憑きやすいので、迷わないように注意する」などがある。また、犬神や蛇神が憑いた時には石鎚の祈祷師に頼んで落としてもらうという。

犬神を落とす方法 其の二



伊予では、犬神に憑かれた時に西林寺にある犬神よけ大師に祈れば災いから免れることができるといわれている。また、東予の一部では、四ッ辻や墓地にオクリモノを供えて落としたという。

犬神を落とす方法 其の三



犬神を祓うには、氏神の神官・剣山の先達・僧侶・尼僧・法印などの祈祷者に依頼する。祈祷所としては、黒住教の教会所や御嶽神社等が有名である。また、山犬の牙歯の入っている守護符が効き目があるともいわれている。

犬神を落とす方法 其の四



犬神を落とそうとする時、患者が痛がって触らせない場所に犬神が憑いている。また、患者が倒れた時に、指が5本とも真っ直ぐになっていれば成功、1本でも曲がっていたらやり直しである。

犬神を落とす方法 其の五



ある女に犬神が憑いたとき、普段は魚を嫌って食べようとしないにもかかわらず、刺身など魚類をやたらと食べるようになったという。なお、犬神が憑いた場合、便所の踏み板を削って食物に混ぜて食べさせると止むという。

犬神を落とす方法 其の六



土佐では、部落に犬神憑きや狸憑きが出た場合、不意に病家に立ち入って鐘鼓を鳴らし、発砲して、終夜百万遍題目を唱えながら祈祷し、全癒を祈るという。


資料


文献




『閑田耕筆』巻之二



九州には犬神使いという者がおり、犬の霊を祀って使令すると伝えられている。様々な不思議な現象を起こすことは、神霊に似ており、出雲や伯耆あたりでは狐持と称されて、何匹も持っているといわれる。また、主の意に背く者には取り憑いて悩ませるという話が多い。



『遠碧軒記』下之二



田舎にいる犬神というものは、先代の者が犬を生きながら土中に埋め、咒(まじない)を唱えておけば、その者や子孫に至るまで、憎い相手に対して、その犬の念を飛ばして憑かせることができるという。

もし、憑かれれば、詫言を言ってその犬を祀ればたちまち癒える。これはクチナワ(大蛇)も同じであり、トウシン(トウビョウのことか?)という。

これは田舎の西国あたりで、今も存在していることである。



『嬉遊笑覧』巻八



四国辺りには犬神というものがあって、これを使う者は誰でも相手を憎いと思うと、祀られている犬が その相手に取り憑いて心身を悩乱させて原因不明の病にしてしまい、やがて死に至らせるといわれている。

これは"犬神憑きがある"ということを知っていて、それが潜在意識の中にあるので、何か悪いことが起きれば犬神に憑かれたと思い込み、ますます病状が悪化してしまうものだと考えられる。

風邪や瘴癘(しょうれい)で熱が出てうなされたり苦しんだりすれば、それは犬神が憑いたと思い込み、また周りの者もそう信じて騒ぎ立てるため、犬神憑きが事実のようになってしまうのだ。

そこで、祈祷して追い出そうとすると、患者自身も犬神に憑かれたと信じ込んでいるものだから、あらぬ妄想を口走ったり、狂乱の果に死亡してしまうのだ。と、四国の医師は語っている。

中国・四国あたりには蛇神憑きというものもあって、これも様相は犬神憑きと全く同じである。


民間伝承




憑物の種類



昔、ある者が無縁仏に憑かれたとき、憑物落としをする者が「憑物には この他にも 蛇神、犬神、稲荷、山の神などがおり、蛇神が憑けば喋らなくなり、犬神が憑けば犬のように吠えるようになり、稲荷が憑けば油揚げと強飯を欲しがるようになるので、それで憑物を判別できる。ある女が村の外に嫁いだところ、その家が憑き物筋だったので女の育った村にも憑き物が入って来たことがある」と語ったという。

犬神憑きと犬神持ち



犬神の話は終戦前まで語られており、妙なことなどを言う者は犬神に憑かれたといわれ、犬神持ちの家系という噂が立つと、たちまち敬遠されたり、嫁の貰い手がなくなったりするという。

犬神になった飼犬



昔、父野川の犬打山の辺りに木挽きの男がおり、その男に飼犬が弁当を届けるというのが日課になっていた。ところがある日、犬が弁当を道に落としてきてしまったので、男は怒って犬を打ち殺した。

その後、男は病気になり、災いに遭うようにもなった。そこで、祈祷を依頼すると「これは、四つ足の祟りである」とのお告げが下ったので、その犬を犬神様として祀ることにしたという。



犬神の特徴



犬神はネズミよりやや大きく、ある家筋の女には一匹、男には二匹が憑くという。

犬神は稀に姿を現すが、偶然に憑かれた者は病気を患ったり、犬のマネをしたり、知るはずのない昔話を語ったり、襖の向こう側で起こっていることを当てたり、退治しに来た者のことまで当てたりする。

また、一匹が取り憑くともう一匹は気が抜けるため、それを掴まえて焼いて憑かれた者に飲ませば離れるという。

犬神の姿



犬神憑きを祓うために祈祷していると、顔が人間で尾が犬の形をした犬神が現れたので、笏で叩くと消えてしまった。

その後、犬神持ちの家の者が死亡して、犬神憑きは治ったという。

犬神の弱点



犬神に取り憑かれるのは、意志の弱い者である。

意志の強い者が犬神持ちの近くに行けば、犬神持ちの人は離れていく。

なお、都会では犬神のことを信じていない人も多い。

犬神の継承



犬神は代々女に伝わり、犬神筋の娘が15歳になったときに母親から伝えられるといわれる。なお、受け継がれた犬神に嫌われると噛まれるという。

ある娘は祖父から犬神を憑けられると、犬神の憑いた経緯を口走り、四つんばいで歩くようになって、遂には死んでしまったという。また、犬神に噛まれて死んだ者は体のどこかに犬の歯型があるともいわれている。

犬神の養育方法



犬神は、犬神筋の家の唐臼の中に数匹単位で養われており、大きさは豆粒大で色白だという。家人は時々食物を与え、他家へ憑かない様にする。なお、犬神筋の家に行くと、家の隅々でたくさんの子犬がうごめいているような感覚があるという。

鼻から入る犬神



旅の宿屋で雑魚寝する者の中に犬神筋がいると、その人の鼻の穴から豆粒大の小犬が出てきて走り回って遊ぶといわれる。この小犬が間違えて他人の鼻の穴の中に入り込むと犬神に憑かれるので、多くの旅人が枕屏風など子犬を防ぐものを持って旅したという。

阿波の犬神 其の一



ある女が犬神に憑かれて病気になったとき、その兄が犬神持ちの家に行くと庭に箕を被せてある臼が見つかり、中を開けると そこには11匹の犬いた。そこで湯をかけて犬を殺すと、女の病気は徐々に平癒したという。

阿波の犬神 其の二



犬神筋の老婆が外出する時に小犬を米臼の中に隠していた。ある日、嫁が米をとごうと臼の中を見ると、そこに小犬がいたので、驚いて湯をかけて殺してしまった。すると同時に老婆も死んでしまったという。

阿波の犬神 其の三



タンスの中で小犬を飼っていた犬神筋の女が、ある日 小犬を瓶に移した。

これを見つけた女中が驚いて熱湯で小犬を殺してしまうと、同時に女も倒れてしまったという。



讃岐の犬神持



香川県池西村に犬神筋の家があり、そこの犬神の被害にあった女中がいる。憑かれた女中は急に癇癪を起こし、発熱して、目の色が変わったという。なお、この女中は憑かれる数日前に犬神筋と口論になって仲違いしていたようだ。

犬神を落とすには、握り飯を3つほど作り、患者の身体を撫でた後に その握り飯を犬神筋の家の壁に投げつければ落ちるといわれている。そこで、これを実行したところ、その女中は翌日には全快したという。

なお、犬神を作るには、最初に白犬を首だけ出した状態で土に埋め、その前に飯を盛った茶碗を置き、服従を約束させて飯を食わせ、神として祀ることを誓い、最後に一刀で首を落とすといわれている。

香川県三豊郡の伝承



香川県三豊郡のある家は犬神持で、その切欠は先代が犬を土中に埋めて飢えさせ、首を刎ねて白骨にして祀ったという。

この家の神棚には白骨を納めた小さな厨子があり、頼まれれば これを貸す。この厨子を病人宅の神棚に置いて祈祷すると犬神が病魔を追い払うといわれ、返す時には相当の礼物を添えるという。



犬神の作り方



犬神を作るには、犬を首だけ出した状態で土に埋め、好物を目の前に置いておく。そして仇を討つように言い聞かせ、飢えてから殺し、神として祀ると犬神になる。また、犬神統の女が嫁に行くと犬神もついていく。

犬神の種類



犬神には生霊と死霊があり、犬神が生きた人間に取り憑く。また、昔からの犬神統の家では黒・白・黄などの子犬75匹を飼っており、人の目には見えないが、これらの子犬が畳の縁をゾロゾロと歩いているという。

土佐の犬神持



土佐では、地中に埋めた犬の首を切り取って祀ったのが犬神持の最初だといわれており、家単位で始まり、このときに家人全員が犬神を持ったと考えられている。

また、犬神は血統で伝わるといわれ、犬神持の娘が嫁に行くと その家も犬神持になるが、犬神筋の家に嫁入りしても犬神持にはならないといわれている。だが、徳之島では特定の女性が犬神持とされ、母から息子のヨメに伝えることもあるという。

なお、他家の人が犬神持の家に行った時は、その家で出された物を飲食しない。もし飲食すれば、下痢や吐気などを起こし、自分の家畜にも災いが起こると考えられているからである。

こうした犬神持の家は土地に2,3軒あるが、地元の人には相手にされないので、他所から来た人と結婚することが多いという。

老爺に憑いた犬神



土佐に犬神統に羨まれた仲の良い老夫婦がおり、その老爺に犬神が憑いた。

仕事中に老爺がぐったりとして眠りこけることが多くなったので、老婆は金刀比羅宮で受けた御札で老爺の頭を叩き、なぜ憑いたのか尋ねると「2人が羨ましかったからだ」と答えたという。

また、犬神統の子が病気になった時に氷を与えた婦人に犬神が憑いたこともある。

昭和17年の犬神の記録



昭和17年の高岡郡の東津野村の記録には、犬神についての記述がある。

犬神の姿はネズミに似て小さく、尾に筋があると言われ、犬神統の家では犬神を集めて飼い、毎朝供物をするという。他人がこれを殺すと犬神統の家に異変があるといわれ、憑かれた時には狐の皮を吊すと効き、憑かれた者は犬神統の者と同じ声色になるという。

また、隣の部落に自ら犬神統であると称する老婆がおり、その老婆は「他家の病気見舞いに行く時は、見舞品をこしらえたら、まず自分で食べることにする。そうしなければ犬神が病人に取り憑く」といったという。

高岡郡の伝承



高岡郡の梼原村出身の女性曰く、小学校の頃に奥の部落の人が病気になり、犬神が憑いているという噂になった。

その人は、驚くほどの大食になり、饒舌に喋り、声や動作が犬神統の人とそっくりになった挙句に死んでしまったという。



犬神の特徴



犬神持と狐持は同様の形式で伝えられている。

犬神は鼠よりも小さく、犬に似て口先の尖ったもので、症状は狐憑と全く同じであるいわれている。

また、石見地方では鼠のような姿で、口が縦に切れているともいわれる。

島根県仁摩郡の伝承



仁摩郡では、犬神系統の家人をイヌガメモチという。

犬神は75匹で一眷族とされ、犬神系統の者は系統遣と呼ばれて婚姻を避けられる。

島根県美濃郡の伝承



美濃郡では犬神のことをイノガミと呼ぶ。

イノガミは女性に憑くことが多く、憑かれると憑かせた犬神持ちの言動を模すようになる。

そして、20分ほど経つと倒れて昏睡し、2,3日は放心状態で過ごすが、次第に平静に戻っていくという。

主人亡き後の犬神の行方



犬神は持筋の者の体に宿っており、主人が亡くなれば、犬神は家財に憑いて買った人の家へ移るといわれている。

そのため、持筋の家が破滅して財産を売り飛ばすときは、その家を絶対に買ってはならない。

犬神持ちの性格



犬神持ちの人間は妬み根性が強いといわれ、犬神は相手に食いついて病気にしたり、スイカを水っぽくしたり、カイコを腐らせたりするといわれている。

また、犬神持ちに御馳走を作るところを見られたら すぐにお裾分けしなければならず、犬神持ちの家から何かを貰ったときは、それ以上の返礼をすぐに持って行かないと品物に犬神が憑いて悩ませるという。

犬神の弱点



フクロウは犬神を捕って食うことから、犬神に一番に天敵視されている。

そのため、農家の入口にフクロウの爪が下げられていることがある。



犬神の特徴



犬神は、白と黒の斑のある鼠のような姿で、犬神憑の家に行って高粱のからを枕にして寝ると見えるという。

犬神持は主に町民で、他の者から嫌われており結婚を避けられる。犬神持は気に入らない人に犬神を憑け、憑けられた場合は祈祷をしたり、焼け火箸を額に当てたりして落とす。なお、寿司を作っているところを犬神持に見られるとその寿司は食えなくなるという。

また、萩のある借家には犬神持ちがおり、家の都合で その家主に立ち退きを命ずると、恨まれて「必ず家を絶やしてやる」といわれ、後にその通りになったという。

萩市の伝承


山口県では犬神のことを"神さん"と呼び、神さんのいる家の者が欲した食物は何でも腐ってしまうという。

萩の人曰く、小学校の時にある生徒の弁当が腐っており、これは同じ組にいた神さんの家の子が欲しがったためといわれた。また、酒屋は新酒を作ると、商品を腐らせないために最初に神さんの家に供えるという。