ナンディ・ベア ― ケニアに伝わる正体不明のクマ ―

ナンディ・ベアとは、ケニアに伝わる獣系のUMAのこと。
クマとハイエナのハイブリッドのような外見が特徴といわれている。
基本情報
概要
ナンディ・ベアは、ケニア西部を中心に伝わる伝説的なUMAである。現地部族のナンディ族にちなんでナンディ・ベアと呼ばれており、他にケモシット、シヴィヴェレ、ムベンデビーストといった別名もある。クマのような顔つきでハイエナのような体型をした大型獣の姿で描かれることが多く、体毛は暗褐色から赤みのある茶色、大きな歯の生えた鋭い顎、大きな前脚に鋭い爪を持つ、といった特徴があると伝えられている。
現地住民の間では古くから夜間に家畜や人間を襲う危険な存在として語り継がれてきたが、1905年にナンディ遠征に参加していたジェフリー・ウィリアムズが、ウアシン・ギシュ地方でクマに酷似した生物を目撃したという証言が最初期の記録とされている。この体験は当時公表されなかったが、1912年になって報告され、後の目撃談と結びつけられることになった。
ナンディ・ベアが広く知られるようになったのは、1912~1913年にかけて行われたマガディ鉄道建設の時期である。この頃、鉄道関係者や現地住民による目撃報告が相次ぎ、1913年には鉄道技師G・W・ヒックスが「ライオンほどの大きさでクマのような体型をした毛むくじゃらの生物を間近で目撃した」という記録を残している。この個体は短い耳と尾の見えない体つき、独特の走り方をしていたとされ、当時「正体不明のクマ」として大きな注目を集めた。
同時期には、後脚で立つ姿を見たという証言や、村人を襲ったとされる事件も伝えられており、1914年頃には人身被害が出たとする報告も残っている。行政官ウィリアム・ヒッチンズが討伐に派遣された例では、夜間に怪物がテントを破壊し犬を連れ去ったという体験談が記されており、その鳴き声は「悪魔的」と形容されている。
その後も目撃情報は断続的に続き、1930年代までには入植者が大型のクマ状生物に襲われたと証言した例がある。1950年代後半、ナンディ丘陵の茶園で大型のハイエナ状動物が射殺され、死体は従業員らによって視認された。その後、遺骨はナイロビの博物館に送られて「巨大森林ハイエナ」として定義づけられたと伝えられている。1960年代以降も、二足歩行と四足歩行を使い分ける巨大生物の目撃談が語られ、1998年にはナンディ断崖付近の道路でクマのようなハイエナに似た生物が目撃された記録が残っている。
また、存在の証拠を裏付ける資料として、地面に残された巨大な足跡や、射殺された標本の存在が語られている。しかし、足跡はアナグマなどのものと一致する可能性が指摘されており、標本については話があるだけで現存はしていない。このため、科学的にはナンディ・ベアの存在は確認されておらず、既知の大型獣の変種、あるいは目撃談の誇張や伝承に基づく想像上の生物であると考えられている。
・体長:約1.5~2メートル
・外見:ハイエナあるいはクマに似ており、濃い体毛に覆われてる
・備考:鋭い大きな歯、太い前脚に長い爪を備えている
データ
| 種 別 | UMA |
|---|---|
| 目撃地 | ケニア |
| 年 代 | 1905年~(伝承は古くからあった) |
| 体 長 | 約1.5~2メートル |
| 備 考 | 既知の大型獣の変種説がある |
目撃情報
1905年の目撃情報(ジェフリー・ウィリアムズの証言)
私が最初にそれを見たとき、その生物は線路のすぐ近くにおり、すでにこちらに気づいていて、線路に対して直角の方向へ逃げ始めていた。
近づくにつれて、それがハイエナではないことが分かった。最初は横向きの姿を見たのだが、その時点で高さはライオンほどに見えた。色は黄褐色で、黒いタテガミを持つライオンに似ており、非常に長くぼさぼさした毛に覆われていた。体は短くずんぐりとしており、肩は高く盛り上がり、首は短く、鼻先は丸くて短かった。
その生物は振り返ることなく走り去り、前脚で地面を蹴り、後脚は両方同時に跳ね上げるような走り方をしていた。私が並走したとき、距離はおよそ40〜50ヤード(約37〜46メートル)ほどで、臀部が非常に幅広く、耳は非常に短く、尾は見えなかった。後脚が草むらから出た際には脚全体が足先まで長い毛で覆われており、足はかなり大きく見えた。
1950年代後半に射殺された事例
1957〜1958年頃、ケニア西部ナンディ丘陵のケモミ茶園にて、当時のマネージャーであったダグラス・ハットンが、ハイエナに似た大型動物を2頭射殺した。これらの個体はいずれも体高3フィート3インチ(約1メートル)ほどで、通常のハイエナよりも大きく、体つきの異なる動物であったとされている。
射殺後、これらの死体は茶園内の工場施設に並べられ、複数の従業員によって目撃された。その後、死体はアリに食べさせる形で処理され、骨だけの状態になったと伝えられている。
残された遺骨や骨格はナイロビのコリンドン博物館(現在のケニア国立博物館)へ送られ、館内では「巨大森林ハイエナ」として定義づけられたと報告されている。しかし、この標本については、現在同博物館の収蔵品として確認されておらず、後年の資料では行方不明になったとされている。
目撃史
・1905年:ウアシン・ギシュ地方のサーゴイト岩付近でクマに酷似した生物を目撃
・1912〜1913年:マガディ鉄道建設中に目撃情報が多発する
・1913年3月8日:鉄道技師G・W・ヒックスが線路付近でライオンほどの大きさのクマ状生物を目撃
・1914年頃:カプソワール近郊で村人を襲ったとされる個体が殺害されたとの報告
・1914年:ケニアの無名の村で6歳の少女が殺害されたとされる事件が発生
・1914年頃:行政官が討伐に派遣されるが、夜間に怪物にテントを破壊され、飼い犬を連れ去られる事件が発生
・1916年頃:ツソ付近で「巨大なハイエナ」が家畜12頭を殺。
・1936年以前:トランス・ンゾイアで入植者が体長約2.4mの灰色のクマのような生物に襲われたと証言
・1957〜1958年:ケモミ茶園で大型のハイエナ状生物を2体を射殺。後に博物館が「」と定義
・1962年:ケニアで大型の歯を持つライオン程度の大きさのハイエナのような動物が射殺されたと報告
・1981年7月:ケモミ茶園周辺で住民が「ニャンガウ」と呼ばれる未知の獣を目撃。
・1998年2月:ナンディ断崖の麓の道路で、大きなクマ状ハイエナのような生物を目撃
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