蛟龍(コウリュウ) ― 中国に伝わる鱗のある龍 ―

蛟龍(こうりゅう)とは、中国に伝わる龍の一種のこと。
水を得ることで霊力を発揮し、魚を率いて飛翔する能力を持つとされている。
基本情報
概要
蛟龍は中国に伝わる龍の一種で、水辺に棲む神秘的な生物とされている。蛟龍に関する最も古い伝承は戦国時代(紀元前4〜3世紀)の文献に見られ、『管子』『楚辞』『韓非子』『荘子』などに記録されている。これらによれば、蛟龍は水を得ることで霊力を発揮し、池や川に生息する魚を率いて飛翔する能力を持つとされる。また、洪水や豪雨と結び付けられることもあり、福建地方では豪雨が発生すると「出蛟」と呼ばれる現象として伝えられた。
形態については、『述異記』によれば、蛟は龍の一種で「鱗のある龍」を指す。眉が交差して生えることから蛟と呼ばれ、水虺(水のヘビ)が500年で蛟に変化し、さらに年月を経ると角龍、最終的に応龍へと変容するとされる。『本草綱目』では、過去の文献を引用して、蛟の体長は一丈(約3メートル)余りで、蛇に似て四足があり、形は盾のように広く、小さな頭に細い首、首には白嬰(白い瘤)があるとされる。胸は赤褐色、背に青斑、脇は錦のようで、尾には肉の輪があり、大きなものは数囲に及び、その卵も大きいと記されている。
なお、『拾遺記』には漢昭帝が渭水で釣り上げた白蛟の逸話が記されており、鱗や甲がなく蛇に似て、頭に柔らかい角、牙が唇の外に出ていたとされる。帝はこれを本物の龍ではないと断じて、料理番に調理を命じて鮓(なれずし)として食べたという。その肉は紫色で骨は青色、非常に美味であったと伝えられる。この逸話は創作的なものと考えられているが、後世の『本草綱目』や『和漢三才図会』でも紹介されている。
補足として、18世紀の中国の百科事典『古今図書集成』には、蛟に関する過去の文献の引用が集大成として掲載されている。しかし内容は蛟に特化しているため、本記事では敢えて採用していない(詳細は「蛟龍の資料」を参照)。
『日本書紀』の大虬(みづち)との違いについて
『日本書紀』の仁徳天皇の段には、仁徳天皇67年に吉備国(岡山県)で「大虬(みづち)」と呼ばれる毒を吐く怪物が笠臣県守によって退治されたという逸話がある。日本では古くから蛟を「ミズチ」と読むため、これと混同されることがあるが、蛟龍には毒を吐くという特性は無い。
混同の原因については、平安時代の辞典『和名抄』にある「音は"交(こう)"、和名は"美都知(みづち)"、『日本書紀私記』では"大虯"の二字を用いる」という記述に由来すると考えられており、江戸時代の考証学者・狩谷棭斎は『箋注倭名類聚抄』という注釈書にて、『和名抄』の「中国の複数の文献から抜き出した記述が、一貫性なく混ぜ合わせられている点(錯出殽雑)」が混同の原因だと批判し、蛟と大虬(仁徳記のミヅチ)は本来別の説であると断じている。
その一方で、江戸時代の奇談集『北越奇談』の「登蛇」には、尾先で直立する小蛇が一鳴きすると猛烈な暴風雨と共に蛟龍が雲間に現れて、空を縦横に泳ぎ回ったという逸話が記されている。このことから、蛟龍がミヅチとは別物として認識されていたことが伺える。
| 種 別 | 伝説の生物 |
|---|---|
| 資 料 | 『管子』『淮南子』『本草綱目』ほか |
| 年 代 | 不明(紀元前) |
| 備 考 | 鱗のある龍とされている |
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