官那羅【カンナラ】
珍奇ノート:官那羅 ― 戸隠山に棲んだ女好きの鬼 ―

官那羅(かんなら)とは、平安時代に戸隠山に棲んでいたとされる鬼のこと。

変身能力を持ち、普段は若者や童子に化けていたとされ、婦女を口説いては都で遊んでいたという。

不思議な笛を持っていたが在原業平に盗られてしまい、これを取り返そうとしたことで朝敵として討伐された。


基本情報


概要


官那羅は、中世の神道書『神道集』の「諏訪大明神五月会事」に登場する鬼で、この文献によれば 鬼婆国の乱婆羅王の52世孫で、光孝天皇の時代(884~887年)に日本にやって来たとされ、信濃国に棲んでいたが女好きで都で遊んでいることが多かったという。

官那羅には変化能力があり、人や鳥獣に自在に化けられることから、美男子に化けては婦女を魅了して交わっていたとされる。また、笛の名手で「青葉の笛(雲化の笛)」という不思議な笛を持っていたという。この青葉の笛は上の節にフサフサとした青葉が一房と小葉が二房付いており、使い手を選ぶものの、心中で思い描いた音色を思い通りに吹くことができるという笛だったとされている。

官那羅が都に出ていた頃、歌人として有名な在原業平が青葉の笛の噂を聞きつけ、これを手に入れて国宝にしようと思っていた。そこで、業平は同じような笛を100本ばかり用意し、山谷を巡って官那羅の姿を追うと、ある時に官那羅と会うことができたので そこで意気投合して共に遊びに出かけることになった。その夜、業平は官那羅の青葉の笛に手をかけてこれを吹き、美しい音色を奏すると官那羅が黙って聴くので、夜通し奏して官那羅を魅了した。しかし、夜明けが近づくと官那羅が笛の返却を催促するので、業平は自分の持っている別の笛を差し出したが、官那羅に見抜かれて再度返却を催促された。

官那羅は夜明けになるまでには帰りたいと言って催促するが、どうしても青葉の笛を入手したかった業平は誤魔化し続けて官那羅を翻弄すると、やがて鶏が鳴き始めたので、官那羅は驚愕して笛を放って帰ってしまった。これは鶏の鳴き声が鬼の力を奪うからであった。こうして青葉の笛の入手した業平は早速 天皇に献上すると、天皇は素晴らしい笛を手に入れたということで大いに喜び、業平の威勢も盛んになったという。

後日、官那羅は若者の姿に化けて内裏を訪れ、御殿の庭に降り立って天皇に青葉の笛を返却するように直訴した。しかし、笛の返却を渋った天皇は黙るばかりで話が進まないので、官那羅は激怒して鬼の正体を現した。その姿は身の丈2丈(6.06m)ほどで、体色は五色であり、身体からは炎が吹き出て、燃え出る気は風となって周囲に広まり、その風に当たったものは大いに苦しんだという。

しかし、それでも天皇は笛を返さず、逆に官那羅を不敬の輩として退散を命じたので、官那羅は后を二人ばかり捕えて信濃の本拠に帰っていった。これに心を痛めた天皇は鬼王追討の勅命を下し、これを受けた満清という武者が信濃国に下向することになった。満清には人徳があったので多くの者が鬼王追討に志願したが、鬼と戦うのは簡単なことではないとしてそれを断り、最低限の人数で信濃に向かうことにした。

満清が尾張に差し掛かった頃、栗毛の馬に乗った侍と出会って行先を尋ねられたので、信濃に向かうというと、ぜひお供したいと言うので一行に加えることになった。また、満清が伏屋に差し掛かった頃、鹿毛の馬に乗った侍と出会って同様に行く先を尋ねられたので、信濃に向かうというと、ちょうど宇都宮で用事があるので途中までお供したいと言うので、一行に加えることになった。

こうして彼らと共に信濃国に入ると、二人にこの先の目的を尋ねられたので、勅命で鬼王追討にやってきたことを告げると、二人はこれも何かの縁であると言って案内役を買って出て、ついに官那羅の棲む戸隠山の鬼の城までやってきた。ここでも二人は偵察役を買って出たのでこれを任せると、二人は城門を開けて城内に侵入し、官那羅が放った眷属たちを蹴散らしてさらに奥に入ろうと試みたが、ここで官那羅自身が現れた。その時の姿は、身の丈2丈で、身からは火炎を出しており、足は9つ、顔は8つもあったという。

二人は官那羅に挑んでいったが、官那羅は流石に強力で戦況が悪くなったので、一旦引いたがそれでも追いかけてくる。城外に出たところで満清も弓矢で応戦したが、やがて二人は疲弊して官那羅に捕えられてしまった。ここで満清は脱力したものの、騒ぎ立てることなく様子を窺っていると、しばらく後に二人が官那羅を縛り上げて出てきた。そこで二人は自分たちは満清を試すためにわざと捕まったと言い、満清が動じなかったことを褒め称えた。

こうして官那羅を捕縛すると、満清は二人と共に上洛した。そして、粟田口に差し掛かったところで、二人はここで別れると告げた。満清は引き止めたが、それでも帰ると言うので、満清が二人に素性を尋ねると、栗毛の馬に乗った方は熱田大明神であると名乗り、鹿毛の馬に乗った方は諏訪大明神であると名乗って、二人共その場で消え去ってしまった。神の加護を受けられていたことに感涙した満清は、急いで都に入ると、京の町中には官那羅の姿を一目見ようと多くの見物人が集まった。捕えられた官那羅は三条河原で斬首されることになったが、その時に怒って大きく息を吐くと、これに当たった多くの人が苦しんだという。

そして、ついに官那羅が斬首される時、官那羅の首は断ち切られたがすぐに治ってしまうので埒が明かなかった。だが、ここで熱田大明神と諏訪大明神の神力が働き、神の力を借りて首を断ち切ると繋がることなく首を落とすことができた。こうして満清の功を讃えた天皇は、満清に大納言の位を与え、信濃国など15ヵ国を不輸租田として与えた。満清はこれを世話になった熱田大明神と諏訪大明神のために寄進したという。

以上が「諏訪大明神五月会事」にある官那羅についての記述である。官那羅に関する情報は少ないので、これ以上に詳しいことは分からないが、この説話を読む限り官那羅は完全に被害者であるように見える。また、この説話から官那羅は普段は気のいい性格だが、怒らせると手がつけられないほど凶暴になるということが読み取れる。

官那羅の性格
・女好き
・笛の名手である

官那羅の特徴
・変身能力がある(普段は若者や童子に化けている)
・正体は身の丈6mほどの鬼
・正体は身体が炎に包まれている
・身体を纏う気や息は人間を苦しめる
・正体には顔が8面ある
・正体には足が9つある

データ


種 別 妖怪、鬼
資 料 『神道集』
年 代 平安時代
備 考 海外から渡来したとされる