牛島の牛鬼 ― 山口県の牛島に伝わる牛鬼 ―
牛島の牛鬼とは、山口県の牛島に棲んでいたと伝わる牛鬼のこと。
島民を襲って島を荒廃させるほどの被害を出したが、島に渡ってきた長宗我部の家臣に退治されたという。
基本情報
概要
牛島の牛鬼は、戦国時代に山口県光市の牛島に棲んでいたという怪物で、頭が鬼で身体が牛のような姿であり、人や家畜を餌食としていたとされる。この牛鬼については以下のような伝説が伝えられている。
天文年間(1532~1555年)、牛島には牛鬼と呼ばれる怪物が棲んでいた。この牛鬼は、頭が鬼で、身体は牛という不気味な姿をしており、島の人々や家畜を襲って食っていたので、島民は恐れをなして牛島から逃げ出していった。
多くの島民が島から逃げ出した頃、伊予から船出した 藤内図書橘道信 と 御旗三郎左衛門信重 という2人の侍が、時化にあって牛島に流れ着いてしまった。2人が島に降りると、人家はあるのに人の気配が全くしないという異様な光景を不審に思い、島民と思しき漁師に事情を尋ねることにした。
そこで漁師は牛鬼の被害によって島民が逃げ出したという話を聞かせたので、2人は同情して牛鬼退治に挑むことにした。2人は島で牛鬼を見つけて戦ったが、牛鬼はとても強くて2人の力では敵いそうになかった。そこで、先の漁師に相談すると、漁師は本土にいる弓の名手の人城高経・明兼兄弟のことを教えた。
これを聞いた2人は すぐに弓の名手に会いに行って弓を教えてもらうことにした。2人は十数日かけて弓の腕を磨くと、牛島に戻って再び牛鬼退治に挑んだ。そして、2人は弓矢を以って牛鬼と戦い、激闘の末にようやく牛鬼を討ち取った。それからは、牛島にも人が戻ってくるようになり、次第に繁盛していったという。
多くの島民が島から逃げ出した頃、伊予から船出した 藤内図書橘道信 と 御旗三郎左衛門信重 という2人の侍が、時化にあって牛島に流れ着いてしまった。2人が島に降りると、人家はあるのに人の気配が全くしないという異様な光景を不審に思い、島民と思しき漁師に事情を尋ねることにした。
そこで漁師は牛鬼の被害によって島民が逃げ出したという話を聞かせたので、2人は同情して牛鬼退治に挑むことにした。2人は島で牛鬼を見つけて戦ったが、牛鬼はとても強くて2人の力では敵いそうになかった。そこで、先の漁師に相談すると、漁師は本土にいる弓の名手の人城高経・明兼兄弟のことを教えた。
これを聞いた2人は すぐに弓の名手に会いに行って弓を教えてもらうことにした。2人は十数日かけて弓の腕を磨くと、牛島に戻って再び牛鬼退治に挑んだ。そして、2人は弓矢を以って牛鬼と戦い、激闘の末にようやく牛鬼を討ち取った。それからは、牛島にも人が戻ってくるようになり、次第に繁盛していったという。
この伝承は、牛鬼退治を為した侍の子孫に文書として伝えられているという(ただし、この説話には諸説ある)。また、一説には「宇和島の牛島」の由来となったともいわれている。
データ
種 別 | 伝説の生物、UMA |
---|---|
資 料 | 牛島の伝説 |
年 代 | 戦国時代 |
備 考 |
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