黄龍 / 黄竜 / 黃龍【こうりゅう / おうりゅう / ファンロン】
珍奇ノート:黄龍 ― 中国や日本に伝わる黄金色の鱗を持つ龍  ―

黄龍(こうりゅう)とは、中国や日本に伝わる黄金色の鱗を持つ龍のこと。

五行思想において中央を司り、中国では皇帝の権威を示す象徴とされていた。

また、青龍赤龍白龍黒龍という四龍を統べる長とされている。


基本情報


概要


黄龍は、中国および日本に伝わる龍の一種で、全身が黄金色の鱗に覆われた神聖な存在として語られてきた。五行思想において土を司り、四聖獣(青龍・白虎・朱雀・玄武)の中央を占めるとされている。また、命と秩序を象徴する龍の長として、政治思想・天文学・軍事、そして瑞祥(めでたい兆し)の最高峰として多層的な役割を担っている。

中国における黄龍は、万物の中心を司る最高位の権威の象徴として位置づけられてきた。紀元前2世紀頃の『淮南子』によれば、五行の精気が長い年月を経て黄金となり、そこから黄龍が生じたとされる。黄龍は四方の龍(青・赤・白・黒)と共に五方を構成する存在であり、その性質は「能大能小(自在に姿を変える)」「乍存乍亡(現れたかと思えば消える)」とされ、こうした変幻自在の性質は龍の根源的な神霊性を示したものと解釈されていた。

歴史上、黄龍はたびたび地上にその姿を現したことが正史や地誌に記録されている。その姿は巨大であり、『古今注』に見られる後漢の建初三年に汝南に現れた記録によれば、体長は五丈(約11.5メートル)余りの巨体であり、放つ光によって周囲の家屋や樹木までもが黄金色に染まったという。こうした目撃例において、黄龍が池や沼に穏やかに遊ぶ姿は、王が強欲な略奪を行わず陰陽が調和している吉兆とされた。一方で、黄龍が姿を消したり、現れるべき時に現れないことは、統治者が「智」や「信」を失い、天命が去った凶兆として極めて重く受け止められたとされている。

政治・思想の面では、黄龍は「聖王の出現」と「天命の降下」を告げる最も重要な瑞兆であった。『瑞応図』や『白虎通』には、王の徳が淵泉にまで至り、天下が太平となった時に黄龍が現れると記されている。『芸文類聚』には、古代の聖王・舜(しゅん)が即位した際には、鳳凰とともに黄龍が現れ、河図(天からの預言書)を背負って捧げたという伝説が記されている。このため、黄龍は「君主の象徴」となり、後の後漢・章帝や呉の孫権が自らの治世に黄龍が現れたとして元号を改めたように、王朝の正統性を裏付ける絶対的な根拠として機能した。

天文学においても黄龍は特別な地位を占めている。天の北極近くにある軒轅(けんえん)という星座は黄帝に対応する星宿とされ、土徳および黄龍と象徴的に結び付けられていた。これは、季節の移り変わりや星々の運行を統制する「中心の軸」としての役割を象徴している。また、軍事においてはその権威を視覚化するため、巨大な軍旗「黄龍大牙」が作られた。孫権の軍陣では、この旗の向く方向が軍の進退を決定する指針とされ、兵の士気を高める精神的支柱となった。

宗教・道教の世界では、黄龍は五方の龍王の一角として「中央黄帝黄龍王」と称される。6~7世紀の道教経典『太上洞淵召諸天龍王微妙上品』では、八万四千もの龍王を統率し、天地を振動させるほどの強大な霊力を持ちながら、中央に鎮座してあらゆる方角を見守り、不祥を払い去る守護神としての姿が記されている。

民俗的な側面では、黄龍は他の生物に化けていたという話もある。『芸文類聚』にある徐の偃王(えんおう)の伝説では、彼を育てた忠犬「后倉」が死の間際に角と尾を生やし、その正体が黄龍であったことが明かされたとされている。これは、黄龍が単なる高天の存在ではなく、徳ある者を陰ながら支え、育む慈愛の側面を持っていたことを示唆している。

また、生活に密着した術法としては、雨乞いの儀式において重要な役割を果たした。『春秋繁露』や後世の雨乞い儀礼書によれば、日照りが続く際に、土の徳に対応する日(戊・己の日)を選んで黄龍を作り、働き盛りの「壮者」に舞わせることで、天の和気に働きかけ、慈雨を呼ぶとされた。

日本における黄龍は、中国から導入された五行思想や瑞祥思想とともに定着した。平安京の造営においては、四神相応の地相(青龍・白虎・朱雀・玄武)の中心点、すなわち天皇の居所である大内裏を象徴する存在として内包された。また、陰陽道や風水においても、中央を鎮める「土」のエネルギーとして、国家の安寧や土地の霊的安定を司る究極の守護獣として捉えられてきた。

現在においても黄龍を祀る社寺があり、多様な形態で信仰されている。京都府京都市の平安神宮では、平安京の都市設計である四神相応と同様に、東西南北に四神の旗が掲げられ、中央には黄龍の旗が掲げられている。東京都西東京市の田無神社は、五行思想に基づいて境内の各方位に龍神を配し、本殿には中心を司る「金龍(黄龍)」が祀られている。

福井県大飯郡おおい町にある天社宮は、安倍晴明を祖とする陰陽道宗家・土御門家の天社神道に基づく神社で、宇宙の根源神である「太一大神」を主祭神とする独特な信仰体系を保持している。境内にある天壇は宇宙の秩序を模しており、その四方には青龍、白虎、朱雀、玄武の扁額を掲げた四色の鳥居が立ち、方位の守護を明確に示している。これら四神の鳥居が囲む中央の聖域こそが、五行における「土徳」すなわち黄龍の座である。天社神道において黄龍は応龍と同義とされ、すなわち四方の龍を統べる長であり、太一大神の陽の御気を宿して生命の循環を司る存在とされている。

また、新潟県新潟市の白山神社には境内に独特した形で「黄龍神社」が設けられている。この社の祭神は、黄龍と書いて「おうりゅう」と呼ばれ、金龍という別名でも呼ばれている。そもそも白山には龍が棲んでいると信じられており、奈良時代の僧・泰澄が白山山頂で修行していたところ、緑ヶ池から現れた九頭龍(9本の首を持つ龍)と遭遇したという。この時、泰澄が「これが神の真の姿であるとは思えない。真の姿をお見せください」と念じると、龍は十一面観音の姿となっため、泰澄は十一面観音の木像を刻んで祀ったのが白山信仰の始まりとされている。黄龍神社の黄龍は、こうした白山の龍神信仰に関係が深く、黄龍大権現を祀るようにとの信託に基づいて1966年に建立したとされている。

このように、日本の黄龍信仰には中国由来の五行に基づくものもあれば、陰陽道に取り入れられて独自に発展したものもあり、さらに土地にまつわる龍神信仰と習合するなど、多種多様な形で信仰されている。

種 別 神仏、伝説の生物
資 料 『呂氏春秋』『淮南子』『五行大義』ほか
年 代 不明(紀元前)
備 考 古代中国の文献には目撃の記録がある